4.満ちた食卓
そうして、私と魔女さんの共同生活が始まった。
朝は6時に起きて魔法学校に登校。
クラスのみんなと喋ったり、いろんな勉強をしたり。
1日の授業が終わったら部活はせずに帰宅して、宿題とか家事とかをする。
順番にお風呂に入って、きまって夜の10時には眠りについた。
休日は街に赴き、気まぐれに写真を撮ってSNSにアップ。
現代のことを魔女さんに教え、そして一緒に楽しんだ。
前は1人きりで過ごしていた時間がみんな魔女さんとの時間になり、私は毎日の楽しみが何十倍にも増えたようだった。
魔女さんは「転校」初日からしばらく後、魔法で制服を作ってからますます学校に溶け込んでいった。
その容姿と一風変わった性格から瞬く間に彼女の話が広がり、クラスはもちろん、学年、学校中でも知らない人はいないくらいに。
私も魔女さんも、幸せいっぱいという感じの日々を送り、あっと言う間に6月も半ばにさしかかっていた。
事件が起こったのは、そんなある日のことである。
「……ああっ!」
登校前、いつも通りSNSをチェックしていた私は、思わず悲鳴じみた声を上げた。
「どうしましたか、比奈」
声を聞きつけてやってきた魔女さんに、私は慌ててスマホの画面を見せる。
「見てこれ! 昨日の投稿、バズってる!」
表示されているのは、私がSNSに上げた魔女さんの写真。
昨日――日曜日に街の交差点で何気なく撮ったら何だか物凄く映えていたから、そのままアップしたものだ。
投稿についている「いいね」の数は、実に1万超え。
コメント欄も「超美人!」「モデルさん?」「良すぎ~!」など、魔女さんへの称賛の声で溢れている。
いつもなら友だちから反応があるくらいだから、これはまさしく異常事態と言えよう。
初めてのことに興奮する私だったが、反して魔女さんは至って普通の表情で首を傾げた。
「バズる、とはどういう意味ですか?」
「ええっと……すっごくたくさんの人が『良いね』って言ってくれてるってこと!」
そう説明すれば彼女も状況を理解してくれたようで、画面を見つめながら目を細めて笑った。
「嬉しいです。これで人の子の推しぴに近づけました」
魔女さんはゆっくりと、コメント欄をスワイプする。
その様子は出会ってから今までで一番、幸せそうだった。
魔法学校に行くと、クラスメイトたちも既にバズりのことを知っていたようで、教室に入って来た魔女さんを見るやみんな一斉に駆け寄って来た。
「真志乃さん、見たよあれ!」
「いやあ、いつかバズると思ってたよ」
「私、古参ぶっとこ!」
「あはは! それ言ったらこのクラスの人みんな古参でしょ」
「いいね! 真志乃さんファンクラブ的な?!」
「美人! 優秀! ちょっと不思議なとこもある! 推さない方が無理だって~!」
「私、もうすっかり真志乃さんのとりこだもん」
「私も私も~!」
わいわいと自分事のようにはしゃぐみんなに囲まれ、魔女さんはとても嬉しそうだった。
私はというと、そろりとポジティブ包囲網を抜けて早々に自分の席へと退避。
魔女さんたちの様子を遠巻きに見ることにした。
「凄いねえ、真志乃さん」
その声に振り向くと、千夏が後ろの席に座っていた。
彼女は頬杖をつき、私と同じく傍観に徹するつもりのようだ。
「だね。そのうち取材とか来ちゃったりして?」
私はおどけて返答する。
本当にそうなるかもっていう気持ちもあるけれど。
千夏はそんな私を見て、不意に顔を曇らせた。
「……比奈、大丈夫?」
「? 何が」
「何って……ほら、嫉妬的な」
「あー、なるほどね」
彼女の言わんとするところを察し、私は手を叩く。
が、頷きはしなかった。
「別に……無いかな、そういうのは」
「無いの?」
「まあ羨ましさはあるけどさ。それよりも嬉しいんだ、真志乃さんがみんなから好かれるのが」
そう。
悪いことをしていないのに悪人と決めつけられ、封印されてしまった魔女さん。
彼女の「推しぴになりたい」という純粋で平和な願いが叶うのならば、この上なく喜ばしいことだ。
例えるならば、応援していた新人アイドルが大人気のトップアイドルになった時……みたいな、そんな気持ちだった。
「そっか。……比奈が良いなら、私も気にしないでおくよ」
千夏は曇った顔をパッと晴らし、肩をすくめる。
「あ! そうだ比奈、また今度スケッチ見せてよ。私、比奈の描いた絵、大好きなんだよね」
「スケッチ……そう言えば最近してなかったなあ。うん、いいよ。今度ね」
***
SNSでバズってからというもの、魔女さんの人気はいっそう増した。
校内でもそうだし、SNSに彼女の映った写真をアップするたびに万単位の「いいね」が付き、褒める言葉もたくさん寄せられた。
街を歩いていても道行く人に「あれ、あの人じゃない?」と囁かれたり、直接「推してます!」と話しかけられたりすることが頻発。
早い話、魔女さんはすっかり有名人になった。
彼女は自分のスマホを持たないまま――「買おうか?」と提案したけど「大丈夫です、扱いがまだわからないので」と断られた――であるため、写真の投稿は私のアカウントから行っていたが、却ってそれも人気の一因となったらしい。
いわゆるミステリアスな感じが、人の関心を引き寄せるのだろう。
SNS上でも現実でも、魔女さんは数多の好意をほしいままにした。
とは言え、私たちの生活が激変するようなことは無く、基本的にはそれまでと何ら変わりない日常を送り続けた。
「ただいまあ」
蝉がシャワシャワと鳴く中、私と魔女さんはいつも通りに帰宅する。
橙色に染まってなお熱い日光から逃れるように、手早くドアを閉めて電気を付けた。
鞄と買い物袋を置き、2人並んで靴を脱ぎつつ、私は郵便受けをチェックする。
「今日も疲れたねー。……あ、回覧板だ。ごめん魔女さん、私ご飯作るから、これ回して来てもらえる?」
「わかりました」
中身を確認してから回覧板を魔女さんにパスして、荷物を持ち上げた――ところで、くん、と袖を引かれる。
「? どうしたの魔女さん」
振り返ると、彼女は回覧板を持ったまま、神妙な顔で佇んでいた。
「比奈、訊いても良いですか」
「何を?」
「あなたの両親は、いつ家に帰って来るのですか」
ひく、と自分の顔が引きつるのがわかった。
咄嗟に顔を逸らし、私は答える。
「……さあね。前は3月だったから、次は9月とかかな」
「私はあなたの両親が不在であることについて、まだ理由を知りません。知りたいです、比奈。あなたにまつわることが」
魔女さんは私の顔に手を添え、ゆるやかに自分の方を向かせた。
いつの間にか、回覧板は靴箱の上に置かれている。
……これはちょっとやそっとじゃ、放してもらえなさそうだ。
私は観念し、口を開くことにした。
「別に、大した話じゃないよ。親が両方、遠くで働いてて、忙しいから帰って来ないってだけ。お金は余るほど送ってくれるし、困るようなことじゃないから、平気」
「それは本当ですか?」
半ば被せるように、魔女さんは問う。
「比奈、私はあなたが寂しい思いをしているように見えます。違いますか?」
エメラルド色の瞳が私を捕らえ、じっと見据えた。
「寂しいか」?
そんなの。
そんなの、決まっている。
ずっと前からわかりきっていることだ。
上手く言えないだけで。
どうやって伝えたらいいか、わからないだけで。
「本当は」なんて付ける必要もなく、私の心はずっと同じだ。
「答えてください。比奈」
「あ……」
いつもなら適当な誤魔化しの言葉しか出て来ないところだが、私の口は迷いつつも、至ってシンプルに心情を示した。
「……そう……だね。うん。……寂しい、かな」
「では、比奈。あなたに提案をします」
即座に魔女さんが話を続ける。
提案とは何だろう、と次の言葉を待つ私に、彼女は笑顔で言った。
「私をあなたの推しぴにするのはどうでしょう」
思わず、間抜けな声が出そうになる。
いつぞやと同じくらい、突拍子もない発言だ。
しかし魔女さんは躊躇い無く言葉を紡ぎ続ける。
「人の子は推しぴに想いを寄せることで、心を満たすのでしょう? それならば比奈、あなたの心の隙間を、私で満たしてください」
そこまで言われて、私はやっと理解した。
彼女は私を気遣ってくれている。
小難しいことは何も無く、ただそれだけなのだと。
とても単純な答えに辿り着いた私は、途端にむずがゆい気分になる。
そして、同時に気付いた。
親が居なくても、何ら寂しがる必要は無い。
なぜなら千夏や魔女さんみたいに、私のことを心配してくれる人が居るのだから。
「……ありがと」
私は知らない間に浮かんでいた涙を拭い、にこ、と笑う。
「私、魔女さんを推しちゃおうかな!」
そう声に出してみると不思議なもので、私の中の魔女さんを好きだと思う気持ちが、グッと強くなった気がした。
もうとっくに彼女の魅力……美人なところや優しいところや素直なところは私の心を捕らえていたけれど、「推す」と宣言してみると、またちょっと違った感じがする。
何にしても、良い気分だ。
魔女さんの言った通り、心の穴が彼女の存在ですっかり満たされたような心地。
「ねえ魔女さん! これからも――」
「ウサミカダチ」
「え」
突然どうしたんだろう、呪文?
何の?
ていうかなんで急に?
面くらう私に、魔女さんはにこにこと微笑みかける。
「な、なに……っ!?」
無意識に後ずさろうとした足が、がくんと崩れた。
力が入らない。
途端に胸の奥、心臓? がズキズキと痛み始める。
鋭い爪で鷲掴みにされているようなその痛みはみるみるうちに増し、私は完全に倒れ伏してしまった。
辛うじて頭だけ動かすけれど、助けを求める声も出ない。
変な汗が出て来て、何か、何かが、体の中でおかしくなっていく。
「比奈」
魔女さんは屈みもせずに、そんな私を見下ろした。
「私を
「ま、……」
溶ける。
溶けてる。
自覚し始めるも全てが手遅れで、意識は次第に朦朧としていく。
最後に私の目に映ったのは、真っ黒な魔力に包まれる『海の魔女』の姿だった。
「さようなら。また、来ますね」
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