一縷の望みは潰えた
午後をどう過ごしたのか、よく覚えていない。
いつの間にか帰りのホームルームの時間になっていて、進路希望調査表は回収されていった。いつも通り悠莉の誘いを断って学校を出る。ずっと曇っていて気温が上がらない今日は寒い。風が吹くとさらに寒い。でもその寒さが、今の私には気持ちが良かった。
(どこまでも同じ……)
悠莉のことが嫌いなわけではない、決して。調査票の結果が一緒であること、そのものが嫌なのかと言われたらそうではない。同じ道に進むならきっと、一人でいるよりは楽しいだろう。それはこの数ヶ月、悠莉に追随せず一人で放課後を過ごしてみてよくわかった。一人でいる時間を増やしたところで、自分の中から何かが湧き上がってくる感じはない。ただ空虚な時間が過ぎるだけ。私は空っぽな人間で、悠莉の姿形と能力を模った、スペアでしかない。
だから、学問だけでも、違う方面に進んだらと思った。自分で考えた結果、志望する学問が違えば自分というもののオリジナリティになるのではないかと思った。一縷の望みだった。
だが、その望みは潰えた。
同じだった。自分で考えた結果も、悠莉と同じだった。それなら、悠莉がいれば十分ではないか。空っぽな私はこの世界に必要なのか。私は、私とはなんなのだろう。やはりスペアか。きっとそうだ。そうに違いない。その事実にただ落胆する。と共にどこか安堵もしていた。心が重くて軽い。変な感覚だ。
「ねぇ、悠妃」
あぁ、本当、タイミングが悪い。見た目も能力も同じなのに、心だけが全然違う。
「なんか、変だよ?昼休憩から。どうしたの?」
「どうもしないよ」
「どうかしてるよ。なに、私と同じなの嫌だった?」
赤信号で立ち止まる。悠莉が私の顔を覗き込んでくる。私と同じ顔が心配そうに見つめてくるけど、心配そうな瞳に映る私の顔はポーカーフェイスだ。
「別に?」
「嫌だったんでしょ?」
「いや、別にあり得るとは思っていたから。それより、部活出なくていいの?今日は5時から合奏練なんでしょ?」
「そんなのどうでも良いよ!」
悠莉がムッとした顔をする。確かに呆然と午後を過ごした私が悪いとは思うが、別に何というわけではない。ただ自分に落胆した、それだけなのに、どうして悠莉が怒った顔をするのだろう。
「悠莉は何に怒ってるの?」
「怒ってない」
「イラついてるじゃん」
「青になった、行くよ」
一歩先に悠莉が歩き出す。
「あぁ、うん。……悠莉!」
バルルル、と嫌な音が聞こえた。ビンッと身体に電気が走るかのような感覚。本能が私の出番が来たと告げていた。
信号無視のバイクがズンズンと先に進む悠莉に突っ込んでくる。本当は豪速のはずなのに、なぜか私にはスローモーションに見えた。私の足はいつの間にか地面を蹴っていた。ほんの数歩先にいる悠莉を前に突き飛ばす。
「あっ」
「ごめん」
ガツンッ、と身体に衝撃が走る。間一髪、悠莉は巻き込まれていない。それを確認した途端、浮遊感に身体が包まれた。灰色の視界。相変わらずのエンジン音。叫び声が聞こえた。悠莉は無事と確信して安堵する。
視界が暗転し、曇天の空が消えた。
もうなんの音も聞こえなかった。
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