第8話

 悩んだ末、僕はこの野狐を手当てするために自分の部屋に連れていくことにした。

 僕が再教育で見たのは一部の魔物たちだ、すべての魔物が醜いと決めるのはまだ早いじゃないか。と考えを改め次の行動に移ることにした。


「どっちにしろこの状況を誰かに見られたらどうしようもない」

 部屋に連れていくために野狐を持ち上げた。

 その体はとても軽かった。何日も食べてなかったのか?本当にガリガリって感じだ。


「ふう、やっと部屋についた」

 足の指が足りないというのはまだ慣れない。とてもバランスがとりにくい、庭に出るときもそうだったが何度もこけそうになった。これ前みたいに歩けるようになるのかなぁ?そう歩行への不安を覚えながら野狐の治療に取り掛かることにした。


「うーん、やっぱり血しかないか」

 野狐は気を失っていてかろうじて息をしている状態だし、そもそも負の感情抱くのも嫌だし。僕は体は魔物にとって極上の物だ試したことはないが血の数滴でも死に体の状態を回復させるだけの効果があるはずだ、たぶん・・・


「でも指先でも切るのはこわいな」

 僕は自分の机の中にあった鋏の片方の刃に指を押し付けた。

 うわ!結構切っちゃった!思いのほか切れて熱い指先を野狐の口元に近づけてその血のしずくを垂らした。効果は絶大だった。つぶれた足までは治らなかったが、呼吸は

 整い、切り傷などの軽傷は消え失せ、ガリガリだった体も肉がついた気がする。


「我ながらすごい体だな」

 そう自分の体質に感心していると誰かが部屋に近づいてくる足音が聞こえた。

 部屋の前はふすまを仕切った先は縁側で木がきしむ音がよく聞こえる。

 僕は急いで押入れの中に野狐を隠し目が覚めた時横になっていた布団に上半身だけを起こした姿勢で待機した。


「若様、失礼します」

 断りの挨拶とともに艶やか黒髪を後ろでまとめた割烹着の少女が入ってきた。


「やぁ雫、おはよう」

 平然を装って雫に挨拶をする。

 雫は僕より五歳ほど年上の女の子だ詳しくは知らされてないが雫も幼少の頃魔物がらみの事件で家族を殺され孤立無縁となったところを久月家が引き取った者の一人だ、確か遠縁だが久月家の親戚と父が言っていた記憶もある。物心ついたころから身の回りのお世話になっていてそれなりに親しい中だけどさすがに魔物を助けてるのがばれるとヤバい


 ん?いつまでたっても反応がない。雫が固まって動かない。


「雫?おーい、どうした?」

 すると雫は素早い動きで僕に近づいて腰をおろし無表情で僕の体をぺたぺたと触りだした。いや包帯してるのが見えないのか?傷口にあたると痛いのだが?


「若様が起きてる」

 そうつぶやいてまた立ち上がって少し距離を置いた。


「御当主様を呼んでまいります。」

 そう言って静かな所作で部屋から出て襖を閉じて父を呼びに行った。

 昔からそうだがたまに不思議な行動をする人だ。しかしあの反応からして僕は結構な時間寝てたのか?そう考える間もなくまた木がきしむ音とともに僕をこんな体にした張本人が来たようだ。少し緊張で心臓が高鳴る感じがする。父は僕を見てどんな反応をするのだろうか?それとも・・・・

 父は僕を見るなり噴火する山のごとく怒り叱責をしてきた。次期当主という立場で魔物に深手を負うとは何事かとか、そもそも魔物に同情するお前は以上だとか。

 そもそもあの状況でどうやって魔物に対抗するんだよ両手縛ってつるし上げたのはあんただろ?言い返したいが今反論したらまた再教育とか言ってない言いだすかわからない。それよりも早く野狐の容体が見たい。そう考えているといきなり父が僕の首を片手でつかんできた。


「お前真剣に聞いているのか?それともまたあの部屋に行きたいのか?」

 そういいながら首をつかむ手に力を入れていく。まずい早く弁明しなければもうあの部屋はさすがに嫌だ次は死ぬかもしれない。そうだ父はこんな人だった。父はとても非情な人間だ僕が死のうと、「代わりはいくらでも作れる」とかいって新しい子供をつくるのだろう。

 しかし、弁明をしようにも首が絞められて息がし辛いし、振りほどこうにも体の傷が痛んでうまく力が入らない。


「どうしたこの程度も振り払えないのか?」

 そう言った父はさらに絞める力をかけてきた。まずい気が遠のく感覚がしてきた。


「おやめください!それ以上は若様が死んでしまいます!」

 今まで父の後ろでオロオロして控えてた雫がそう叫びながら僕の首を絞める父を静止した。父は僕から手を放した。ゼー、ゼーと音を出しながら僕は空気を求めて大きく呼吸をした。

 父は怒ると手を付けられなかったがここまでやるとは、それでも雫が止めてくれるのは変わらないな。雫に感謝だ。


「ふん、これでは先が思いやられるな」

 そう言い残し父は僕の部屋から出ていった。


「若様大丈夫ですか?」

 雫は無表情だが心配そうな雰囲気をまとって僕の首に手を当てた。


「大丈夫だ、ふー、息も整った。」

 そういうと雫はやはり無表情だが少し安心した感じだった。


「若様は三日間寝たきりだったのですよ?しかも高熱まで出していたし。今日は横に   なっていてください。お昼や夕食の時は食べるものを持ってきます。」

 そういって雫も僕の部屋から去っていくのだった。


 ふぅ、やっと難は去った。そう息をついて僕は野狐が眠る押入れに目線を向けた。








 



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