第19話 憧れの果て
あかりは死ななかった。いつも怪鳥と共に鏡を見ていたからである。鏡は反転した世界を映す。反転した世界ではできないこともできるようになるのである。そこまで反転しているのだ もちろん、いくら鏡を見ても望むものになれる訳ではない。どれだけ鏡を見ても金持ちの家の猫にはなれないし、優雅に飛べる蝶にもなれない。
しかし人間ではない人魚、それも翼が生えた希少種と共に鏡の世界で何度も何度も目を合わせた故の運命である。瞳もまた、鏡のように見た世界を映す。反転した世界で、反転したものを写す瞳で互いを見合った。裏の裏のまた裏の果てである。人魚が怪鳥になったときも天の川で、あるものと目を合わせていた。岬という、海の魔力と空の奇跡が混じったところで季節の巡りという世界を成り立たせるひとつの要因に立ち会ったことも理由のひとつかもしれない。
時に海というものは、海面という線で空と海を分けている。水平線ともいう。絵で海を書く時、まずは青い線で海を表現するだろう。世界を構築するもののひとつには、海と空を別けるその線とも言うべき要素があるのだ。
そんな一線を、その人間と怪鳥はふたり揃って超えてしまったわけである。世界の神秘に愛というやつだ。それに人間はどのようにもなれる性質を持つ。ちなみに人魚は擬態の機能を持っている。
ともかくあかりは死ななかった。でももちろん無事とはいえない。海の底で、二本の足は鱗が生え鰭が生え、人魚の下半身が二股に別れたような姿でエラ呼吸をしていた。ぬばたまの闇のような美しい髪は珊瑚を思わせるパステルカラーの絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたようになって、それこそ人間でも人魚でもない姿となっていた。
これでは人間の世界に戻り、陸を歩くこともできないし、海を泳ぐにも二本の尾は海流をめちゃくちゃに受けすぎて泳ぎにくい。同じ存在になりたいと願ったあかりたちは、空にも海にも居場所がない彼女と同様に、陸にも海にも存在しづらいようなものへと変貌したのである。 でも満足だった。これで彼女と意思疎通がもっとできるし、同じ存在へと成り果てたのである。彼女もあかりも居場所ができた。互いの隣である。もうあかりの頭の中に陸のことはなかった。ただ目の前の幻想的で蠱惑的な、人魚の鱗に鰭そして翼を持った彼女しか見えていない。あかりの瞳に映るものは彼女だけだった。彼女もまた、あかりをこうしてしまった罪悪感とうれしさ、憧れに身を焼き悶えながらあかりの目を見返すのであった。
憧れは猫を殺すのか 汐 @usiosioai
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