第11話 初夏の不安

 ある初夏のこと、暑くて一度海に落ちるように飛び込んだ。そして気持ちの良い冷たさに目を閉じる。ただそこからみさきに飛ぶのはなかなかに難しい。羽が水を吸って重いのだ。息を切らして何とか飛ぶ。これもあかりに会うためと、言い聞かせてはいつもの場所に昇るのである。

 あかりはそんな私の頬を、水を拭うように撫でた。くすぐったくてつい目を閉じたわたしをあかりは楽しげに見つめていて、恥ずかしくて少しうつむく。そんな些細な出来事でさえ、わたしは心を乱すのだ。

 最近は風も冷たくなり始め、木々も寒そうに揺らされている。崖上から見上げる山々は今日も壮大に青々としていた。秋めく季節はなんとも切ない。心を少し下降気味にさせるのか、あかりとの未来に不安を持ちつつある。

 彼女にも生活というものがある。わたしと違って親も友人も、もしかしたら恋人もいるかもしれない。この化け物であるわたしを受け入れる心があるのだから、きっと人間の世界でも上手くやっているはずだ。きゅうと心が悲鳴をあげた。

 あのあかりにいつでも会いに行ける人間の足に憧れる。待つしかできないわたしは、明日は来ないのではないかなんて不安に襲われながら夜を過ごす。あかりと出会ったからこそ、ずっと憧れているわたしを受け入れてくれる存在を得た。

 安心できる場所はあかりといるみさきなのだ。でも夕方になればあかりは帰っていく。待つ存在というものは残酷だ。去っていくあかりを追いかけることもできない。人間のことばを使いこなせないわたしには、あかりを引き留めることばさえ知らないのだ。

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