第10話 みさきは日常へ
初めてあかりに出会ったとき、握った手をするりとと抜けて、あかりは帰っていった。せっかくの憧れた人間との出会いはなんとも友好的で、ほがらかとしていた。彼女もそうだったと思うのだが、日が落ちてくると何か慌てて逃げていった。もうこれで終わりかと思いつつも、もしかしたらと思って次の日も同じようにみさきで過ごしていた。
そうしたら彼女もまたやってきた。うれしくて。あかりはそこから毎日毎日やってきた。人間というものは新鮮だ。足で走って思いのほか早く移動する。じっと彼女の持ち物はなんなのかと見ていた視線に気がついて、あかりは色々と教えてくれた。のーと、かばん、そしてかがみ。かがみはとてもおもしろい。人間が持ちやすいように縁と取っ手がついている。反転した世界を写すそれは静かな海の水面のようだった。海面が空を映したとき、空と海は同化したようで、わたしの居場所はそこだけだった。
そんなわたしにとって縁取られたかがみは反転した世界の一部を覗くための窓のようで、大変おもしろい。かがみを覗くあかりとわたしの後ろには空が映っている。この羽で飛ぶ空だ。 そしてかがみの中で目があった。くすりと笑うあかりを見て、わたしはここにいていいのではないかと思い始めた。空にも海にもない居場所はここだったのではないか、と運命めいたことを思いつつある。そんな運命にほどよく酔いながら、今日もあかりとの時間を過ごすのである。
波打時には、あじさいというはなを持ってきてくれた。海と空しか知らないわたしにはあまりにも美しくみずみずしく、地上への憧れが強まる。ついつい見とれてしまう。あかりはそんなわたしをみて、柔らかい笑顔を向けたのだ。わたしの存在を認めるように。紫陽花を見て、こんな花々が咲き誇る地上を羨んだのか。あかりがいるから地上に憧れたのか、もうわからない。あかりは最近、わたしに触れることがあった。こんな海にも空にも拒絶されたわたしを見て、楽しそうなあかりに、いてもいいんだと久しぶりに安心という感情を思い出す。
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