第8話 後戻り

 梅雨が過ぎて夏に向かっていく。そんな初夏の彼女は、あまりも刺激的だった。汗が髪の先からぽたりと落ちて、鱗を光らせている。少し眉根を寄せていて、日光はまぶしそうだ。左手を地面につけて体を支え、右手で暑そうに手を持ち上げ日差しを遮るその姿はまさに美術品。 夏の彼女、秋の彼女、冬の彼女。そして春の彼女はどうなのか。夏の盛りには同じように学校帰りに行っても、見せるものは常に変わっていく。日は早く落ちて仄暗い。紺色と薄いオレンジ色の狭間は空の低いところにあった。もうすぐ夜空が全てを覆い、月が光を強めて放ち始める。暗い中で薄い月光を浴びる彼女は羽衣を纏ったような、想像上の乙姫のようだった。

 秋の、特に冬に近づいていく晩秋の彼女は岬にまで風に乗ってきた紅葉の葉を手に持ち、夏とは違った明るい夕方の中にいた。夕日はぐっとやわらかく、そしてひゅるりと吹く冬の香る風に煽られた髪が口元を隠して、秋めくあなたは切なそうに恋をする織姫のようだった。

彼女への憧れは果てがない。鏡に興味を持った彼女に鏡を教え、一緒に覗いたときの、驚いたあどけない彼女の表情を見た時に、もう後戻りできない気がした。

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