第2話
目覚めても、頭の中はずっと
あまりにも重すぎるこの病。
こんなことを
言えば彼の命は守れるのかもしれない。
言って望みをあきらめてもらったら、か。
ただ、もし喋ったところで彼がそれでなかったのなら、それは私はただ彼から望みを奪ってしまうだけになってしまう。
一番の望み、つまり夢。
そんなものが消え去ったら、私は人生に意義を見出せるだろうか。
私はおもむろに彼の顔を思い浮かべた。
彼がいない人生だとしたら、きっと私は。
「行ってきます」
私は自問しながら家を出た。
不安のあまりしっかりと寝られなかった私は、きっとひどい顔をしているだろう。
朝のいちごジャムを塗ったトーストの味は全くなかったし、水筒に注いだお茶を溢れさせてしまった。
「心ここに在らずね」
朝、母はこう私に向かって呆れていた。
朝から日差しは私たちに向かって日傘を貫通するほどの果敢な攻撃を仕掛けている。
前の家に植えられてある、生命としての役目を終えた向日葵が、私を見て何かを叫んでいるようだった。
家の駐車場で彼を待っているといつも通り自転車を押してリュックサックを背負った彼がゆっくりと歩いてきた。
顔色は昨日と変わらないので少なくとも良さそうには見える。
「おはよう、調子はどう?」
私はいつも通りの調子で彼に声をかけ、スクールバッグをカゴに置く。
「んー変わんない」
彼もいつも通りの調子で私に言葉を返す。
寝れば何でも治ると言っていた母はどうやら嘘つきだったようだが、変わらない、つまり悪化もしていないことになる。
もう少しポジティブに捉えよう。
そもそも症例がごく僅かなんだから、彼がその病気である確率も僅かなもので、心配も杞憂に終わる可能性が高いんだし。
そういえば夜、隣の家の部屋、つまり彼の部屋の電気が切れていたかどうか見ていなかった。
向こうがちゃんと寝たのかもわからない。
まあちゃん遂行してくれたって信じてるけど。
私が朱鷺の顔をじっと見ながら考え事をしていると、逆に心配した目つきで私の方を見た。
「佳鈴はちゃんと寝たのか?
目の下がデーゲームの野球選手みたいだ」
アイブラックのことだろうか。
失礼な、じゃあ真っ黒じゃないか。
「うるさいな。
受験勉強してたの」
だが彼は、私の本当の声を見透かしたように彼は笑い、優しい声を返す。
「はいはい、ありがとうな」
言葉が飛んできた瞬間は花に包まれたかのようだった。
ただ、それとは逆に、私はこの言葉を聞いて少しすると、暗闇に落っこちたような感情になった。
彼に気を遣わせてどうするんだよ、佳鈴。
取り繕ってるけど、私にこれを明かしたってことはつまり彼も内心不安に思っている。
彼が私に話す時はいつもそうだ。
彼にもきっとこの私の不安は伝わっているだろうし、それに引きずりこませてしまったら、事態は悪くなるばかりだろうから。
だから、不安は消し去ろう。
私は軽く、朱鷺のバスケットボールで鍛えられた足を蹴り上げた。
「痛って、何すんだよ」
少し力加減を失敗しちゃったかもしれない。
まいっか。
「弱ってる人に私は暴力を振るわないからね。
朱鷺は病人だって私は思ってないから、心配する必要もないのよ」
「そもそも誰にも暴力なんて振るうなよ!
普段はそんなことしないだろ」
少し笑いながら彼は私の方を見た。
「いいからいいから」
「なんでだよ」
私も呼応するように笑い返す。
そう、こんな感じで、笑えてたらいい。
できれば二人ともがいいけど、せめて私だけでもそうあらなきゃいけない。
それが私のできる治療だから。
私は彼に病気である可能性を伝えなかった。
何も問題がないと信じていたのと、私に彼の人生を決める権利はないと感じたから。
いや、それから逃げただけかもしれない。
でも私はそんな決断をした。
その代わり、代わりと言ってはなんだけど笑顔で彼の方を向いた。
「今日、学校終わったらサイゼ行こ!
奢ってあげるから!」
私はこの時、自分で言うのもどうかと思うが、人生で一番の顔をしていた気がする。
彼にどう映ってたかなんてわからないけど。
そして、笑い合ったまま、時は進んでいく。
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