第19話 君は物知りなんだね

 視界の先には多くの人らがいた。


 平日の放課後。部員の三人は動物愛好部として児童館内の体育館ほど広さの会場にいるのだ。

 千秋と瑠璃は壇上前に立ち、綾瀬晴馬あやせ/はるまだけは椅子に座っている。晴馬はパソコンを操作し、壇上前に設置されたスクリーンに画像や文章を表示させていた。


 今は、千秋が中心となり、普段から児童館で遊んでいる小学生の児童らを相手に発表しているのだ。


 内容としては、子供たちがよく知っている動物についての生態系である。


 児童らは真剣に話を聞いており、入念に準備してきた甲斐があったと思う。


「皆はこの動物は知っているかな?」


 壇上前で中戸千秋なかど/ちあきがウサギのようなカチューシャをつけながら、子供らに問いかける。


「ウサギさん!」

「可愛いー」

「私も家で飼ってる!」

「そうだよ、これがウサギさんね。それで、こっちが本物のウサギさん!」


 そう言って、千秋は背中に隠していたであろうウサギを登場させた。

 そのウサギは、部室で飼っているウサギだ。

 今日はウサギだけ持ってきていた。


 小学生らは、そのウサギをまじまじと見つめている。


「ねえ、これ触ってもいい?」


 数名の児童が千秋のところまで近づいて来て、ウサギを中心に囲っていた。


「いいよ。でも、急に触ると驚いちゃうからね」


 千秋は子供らと一緒に戯れていた。


「じゃあ、今度は私が解説するね。今、スクリーンに映っているのは何かなぁ?」

「それはお馬さん!」

「そうだよ。皆も好きなお馬さんだね。ちなみに、お馬さんはね、立ったままでも休めるんだよ」


 飯田瑠璃いいだ/るりは長い棒状のようなモノを右手に持ち、スクリーンに映し出されている文章を口に出して読んでいた。


「そうなんだ、横になっては休まないの?」

「そういう時もあるんだけどね。お馬さんはね、野生で生き残るために、そのような生態系になってるんだって」

「へえ、凄いね」

「疲れないのかな?」

「なんか、僕はそれ知ってるかも」


 瑠璃の解説を、児童らは目を輝かせながら聞いている。

 その中には少々大人びている物知りな子もいた。


「お馬さんはね、人から受けた愛情も記憶できる凄い動物なんだよ」

「へえ、凄いね、なんでも知ってるんだね」


 瑠璃が、その子にニコッとした笑みを見せていた。


「まあね。ゴルシっていう馬があって。その馬について、僕のお爺ちゃんが教えてくれたんだよ。そこから馬について詳しくなった感じ」

「そうなんだね」


 瑠璃は子供に対して、凄いねと拍手をしていた。


「あっちにいるお兄ちゃんは何も話していないけど」

 

 その物知りな子供の発言により、瑠璃と千秋の視線は晴馬の方へと向けられる。


 お、俺?


 晴馬は椅子に座ってパワーポイントを操作していたわけだが、急な展開に驚き顔を見せてしまうのだ。


「はい、最後は綾瀬さんがやってくれない?」

「お、俺か……」


 晴馬が悩ましい表情をしていると、児童らから輝く瞳を向けられ始めていたのだ。


「わ、わかった」


 晴馬の決断に、児童らから明るい声が飛び出す。


 昨日、殆ど手伝いをできなかった分、この場で活躍していいところを見せるしかないだろう。


「はい、これ」

「ありがと」


 瑠璃から棒状のモノを渡され、立場を交換するように晴馬は壇上前に立つ。晴馬はスクリーンに映し出された動物らを棒状のようなモノで示しながら解説するのだった。




「はあぁ……というか、大変だったぁ」


 講習会を終えた晴馬は、会場の外の通路に設置されたベンチに座り、肩の荷を下ろしていた。

 ため息をはきながらも、先ほどまで感じていた緊張感を解しているのだ。


「晴馬、頑張ったじゃん! まあ、ちょっと活舌がおかしかったところもあったけどね」

「中戸さん、それは言わないでくれよ」


 晴馬はさっきの事を思い出してしまい、急に恥ずかしくなった。


 児童らの前で堂々とした解説をしている最中に活舌が悪くなったり、内容を間違えたりして恥をかいてしまったのである。


「でも、最後の方はちゃんと出来てたし、良かったと思うよ。だから元気を出して」


 ベンチに座っていると、瑠璃が隣に座ってきて慰めてくれたのだ。


「ありがと、そう言ってくれると助かるよ」

「まあ、晴馬も頑張ったよね。ほら。これつけて」

「え?」


 気づけば、千秋から兎のカチューシャを頭につけられていた。


「いや、それ恥ずかしいって」


 晴馬はすぐに頭上から取った。


 今日の講習会を終え、晴馬は充実感を感じられていたのは事実である。


 普段は学校周辺での活動しかしてこなかったのだが、気分的にも今の方が楽しく思えていたのだ。

 今後はもっと色々なイベントにも積極的に参加していこうと、心の中で思うのだった。


「動物愛好部の皆様方。今日はありがとうございました。子供たちも楽しめたと言っておられましたよ」


 三人がいる場所に近づいてきたのは、児童館を運営している五〇代くらいの女性の方だった。


 頭を下げてお礼を口にしていた。


「私たちの方も、このような機会をいただいて満足です!」

「そうですか。でしたら、また後日、ここにいらしてくれませんか?」

「本当ですか?」


 千秋は驚くような声を出す。


「でしたら、また来ます」

「今度は、今回紹介していただいた中で鹿の説明があったと思うのですが、その鹿公園ですかね。その場所に連れて行く事は可能ですか? 私たちも一緒に同伴致しますので」

「それはもちろん大丈夫です! 私、鹿の事について詳しいですから。なんなりと頼ってください。それに、こちらのお二人も十分に頼りになるので!」


 千秋は鹿のカチューシャを片手に、それから鹿の事について熱意を持って語っていた。


「そ、そうなんですね……」


 運営者の女性は、千秋の熱意ありすぎる内容に少々冷や汗をかいていたのである。


「ま、まあ、分かりました。では、後日にご連絡差し上げますので。それと、こちらは報酬みたいなものなので、お受け取りください」

「これは何でしょうか?」

「お菓子セットです。どうぞ」

「いいんですか」

「はい。ご遠慮なく」

「では、ありがたく貰っておきます」


 千秋に続いて、晴馬と瑠璃もお礼の言葉を口にする。


 三人は後片付けをした後、夕暮れ時で薄暗くなった道を歩き、再び学校に戻って行くのだった。

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学園で一番美少女な副生徒会長が、俺のペットになりたいらしい⁉ 譲羽唯月 @UitukiSiranui

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