第18話 あんたにはちゃんと話しておきたいことがあるの
「締め切りは今日中よ! ここからはラストスパートだねッ!」
翌日の放課後。部室のパイプ椅子に座る
明日、瑠璃の知り合いがいる児童館で動物愛好部としての講習会をすることになっていたからだ。
二人が真剣にパソコンに向き合っている最中、
「ちょっとごめん。今から依頼があって犬の散歩があるんだ」
「えー、こういう時は断ればいいのにー」
千秋は少々ムスッとした顔を見せていた。
「でも、どうしてもってことでさ」
「んー、じゃあ、しょうがないかぁ。でも、次からは断るようにしてよね。これは部長命令だから!」
「わかったよ。今回だけは本当にごめん。今から行ってくるから。五時半前には戻るようにするよ」
「OK、気を付けて行ってきてね」
千秋から手を振られ、笑顔で見送られる。
瑠璃からは特に何も言われなかったものの、気を付けて行ってきてねといった表情を向けられていたのだった。
学校を後にした晴馬は、近くの小さな公園へ向かう。
そこには小学生らがおり、かけっこしたりして友達同士で楽しく遊んでいる姿があった。
「確か、ここで待っていればいいんだよね」
晴馬はスマホを片手に、公園の入り口付近のベンチに佇み待つ。
すると――
「晴馬、ちゃんと来てくれたんだね」
「え、姉さん、なんで?」
「そんなに驚くこと?」
「驚くよ。俺、ペットの散歩と聞いていたから。というか、姉さんが依頼のメールを送って来たの? でも、動物は好きじゃなかったよね?」
「そうね」
姉の
「そのことについて話したい事があって」
「動物のことで?」
「ええ。昨日の夜ね、瑠璃ちゃんとメールでやり取りしていたの。あんたは高校では動物関係の部活で活動しているのよね」
「そ、そうだよ。家ではペット飼えないし」
「私ね、本当の事を言うとね。元々動物が好きだったの」
「え……い、意外だね。でも、どうして急にそんなことを?」
「私も色々と考えたわ。それからね、あんたがボランティアで動物の散歩をしてるって知って。このサービスを利用したのよ。私が動物に苦手意識を持ったのはね。あんたが、まだ物心つく前だからわからないかもしれないけど、私が小学生の頃ね、狂暴な犬に追いかけられたり、そんな怖い経験をしてね。そこから消極的になっていたの」
「そういうことなら、動物嫌いになってもおかしくないね」
「でも、私のわがままで今まで晴馬には迷惑をかけていたわ。私、それについてはいつか話そうと思っていたわ。でも、言い出せなくて。なんか、姉弟同士で急に真面目な話をするのも気恥ずかしいし」
結菜は照れ臭そうな表情になる。
「あんたはどうしたいの? 家でペットを飼う? 私、来年から別の街に行く事にしたから自由にしてもいいよ」
「来年? 今の仕事は?」
「それは辞めるわ。いつまでも同じ環境にいてもしょうがないでしょ。私ももう少し可能性を信じたいから。あんたも、ペットでも飼って自分の時間を過ごしてもいいのよ。時間があるなら、これからペットショップに行く? この近くに小さなペットショップがあったでしょ?」
「そうだね。でも、本当にいいの?」
「私はそれでいいわ。後は、あんた次第だけどね」
姉からの問いかけに晴馬は悩み、それから決心がついたように視線を結菜に向けるのである。
二人は公園を後に、ペットショップまで向かう。
「いらっしゃいませ」
入店するなり、店の奥からはショップ店員の女性の声が聞こえてくる。
店内には今時のBGMが流れていた。
ペットらはガラス張りのショーケースの中に入っている。
姉と共に、そのケースの中にいるペットを見ていたのだ。
小さなお店という事もあって、基本的に猫や犬のみを取り揃えている。
「お客様は、ご購入をご希望ですか?」
デフォルメ動物がプリントされたエプロンを着用する、比較的若めの女性店員が話しかけてきたのだ。
「今はまだですけど、近くを立ち寄ったので少し見たいと思いまして」
晴馬は事の経緯を簡単に説明する。
「そうなんですね。ご自由にご覧になってもよろしいですよ。それとこちらパンフレットになります。こちらでゆっくりとしながら見てもよろしいので」
積極な店員から促され、二人は近くのテーブル席に座り、そこからペットのショーケースを眺めるのだった。
「こちら、紅茶になります。ごゆっくりと――」
笑顔を浮かべながら店員は立ち去って行ったのである。
「姉さんは本当に来年には別の街に行くの?」
「そのつもりよ。だから、今度の休みでもいいから、私の料理の試食をしてほしいって頼んだわけ」
「そういう理由だったんだね」
「そういうこと。あんたって犬が欲しかったんでしょ? それも瑠璃ちゃんから聞いてるんだからね」
結菜は喉を潤すために紅茶を飲んでいた。
「私は動物には抵抗感があるけど。この頃は良くなってきたし。本当に心配しなくてもいいから」
「う、うん。わかった……だったら、後日にさ、もう一度一緒に来てくれないかな」
「いいよ。約束ね」
晴馬は頷く。
二人はテーブルに広げたパンフレットを見ながら、ペットショップでの時間を過ごす。
時間が過ぎるのも早いもので、気づけば五時を余裕で過ぎていたのだ。
「そうだ。俺、戻らないといけないんだった。姉さん、話は後で」
「なんかあるの?」
「明日の準備で。本当は忙しかったんだよ」
「じゃあ、誘って悪かったね」
「いいよ。姉さんは何も知らなかったんだし。じゃあ、また後で」
晴馬は姉をおいて、ペットショップを駆け足で後にするのだった。
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