第17話 姉の迷い事

「今日はこれくらいにして帰りましょっか!」

「そうですね。だいぶ進みましたしね」


 中戸千秋なかど/ちあきは区切りのいいところでノートパソコンを閉じていた。

 瑠璃も帰宅する準備をし始めていたのだ。


「綾瀬さんはどうするの? もう帰宅するの?」

「そうだね……一応、そのつもり」


 夕暮れ時の放課後の部室内。綾瀬晴馬あやせ/はるまは瑠璃の問いかけに返答し、通学用のバッグの中身を確認して立ち上がる。


 今日は生徒会長からごちゃごちゃと言われてしまったわけだが、それに反するように物事は順調に進んでおり、問題ないように思えた。


 この調子なら、廃部も気にする必要性はないだろう。


「私ね。この後、鹿に餌を与えに行こうと思うんだけど。二人はどうする? 一緒に来る?」


 千秋は通学用のバッグをリュックのように背負うと、二人の様子を伺う。


「今日はいいわ」


 飯田瑠璃いいだ/るりは丁寧に断りを入れていた。


「そうなの? 晴馬くんは?」

「俺も少し疲れたし。そのまま帰るよ」

「そっか。わかったよ。じゃあ、今日は私一人で餌やりに行くね。じゃあ、また明日ね」


 千秋は笑顔で手を振って部室から立ち去って行ったのだ。




「綾瀬さんもまた明日ね」

「うん、またね」


 晴馬と瑠璃は、学校の校門前までは一緒。それから通学路のところで挨拶し、別れたのである。


 これから何をするかだけど……どっかに寄って行くかな?


 今日は両親も姉の結菜も帰るのが遅くなると聞いていた。

 家で一人、夕食を取るくらいなら外食をしたい。

 そう考え、今から街中方面へと足を向かわせたのだ。


 何を食べようかと脳内で思考しながら歩き、街中のアーケード近くに到着した、その頃。

 見覚えのある容姿をした子が近くにいる事に気づいた。


「綾瀬さん?」

「飯田さん? どうしてここに?」


 瑠璃から話しかけてきた。

 二人は向き合うなり、目を点にし、驚き顔を見せていたのだ。


「私ね、外で食べようと思って」

「そうなんだ。じゃあ、俺と考えていることが同じだね」

「そうね。なんか、運命を感じちゃうね」

「そうだね……飯田さんはどこに行くか決めているの?」

「まだよ。私、迷ってて」

「実は俺もまだなんだよね。ファミレスか、ハンバーガーかで迷っていてさ」

「わ、私も!」

「それも同じなんだね」


 また同じ事を考えていたことが分かると、互いの表情から軽く笑みが零れてしまう。


「ねえ、ハンバーガーにしない? この近くにあったでしょ」

「確かに。飯田さんが言うなら、そこでもいいよ」

「本当に、そこでいい? 別にファミレスがいいなら綾瀬さんに合わせるからね」

「本当だって、俺もハンバーガーを食べたくて」


 二人は他愛のない会話をしながら、アーケード街の入り口を通り抜け、ハンバーガー店へ向かって行く。


 店内に入ると平日なのに関わらず混んでいる印象があり、周りを見渡すと座れる席がないように思えた。


「どうする? やっぱり、ファミレスかな」

「その方がいいかもね」


 入り口近くで二人が迷っていると――


「あんた、なんでこんなところに?」

「え、姉さん?」

「というか、今日も彼女と一緒なの?」

「そ、そうだけど」


 晴馬は、また冷やかされるかと内心焦っていた。


「私、今は一人でいるからさ。私のテーブル普通に空きあるし。座る席がないなら来なよ」

「そうなの? え、でも。姉さん? 今は一人って誰かが来るの?」

「そ、そうじゃないけど。まあ、そんな細かいことはいいから。どうするの? ハンバーガーを食べるために来たんでしょ?」

「そうだね。じゃあ、その席に行くよ」

「じゃあ、決まりね。荷物は私に預けてもいいから。二人で注文してきなよ」


 二人は荷物を姉の綾瀬結菜あやせ/ゆいなに渡し、注文エリアへと向かうのだった。




 注文を終えた二人は、トレーにのったハンバーガーセットを各々のテーブル上に置いていた。

 二人は結菜から案内された席にテーブルを囲うように座る。


 晴馬はダブルチーズバーガーセット。瑠璃は通常のハンバーガーセットと、チキンナゲットを注文していたのだ。


「ねえ、二人って飼える時、いつも一緒なの?」


 結菜のテーブルには数本程度のフライドポテトが残っており、セット商品であるコーラを少し飲んだ後で問いかけてきたのだ。


「違うよ。たまたま一緒になっただけ」

「へえ、そう? というか、あんたに彼女が出来たこと自体珍しいんだし。大切にしなよ。瑠璃ちゃんも、晴馬と仲良くしてやってね」


 右隣にいる姉から、晴馬は肩を軽く叩かれていた。


「それで、晴馬とはどうなの?」


 結菜は、右隣の瑠璃に問いかけていた。


「仲良くやらせてもらってます。でも」

「何かあるならさ、言った方がいいよ」

「でも、今は大丈夫なので」

「そう? ならいいんだけど。そうだ、私と連絡先を交換しない? いつでも相談にはのるから」


 結菜は他人と仲良くなるのは得意な方である。

 流れるようなやり取りで、親密度を高めていた。


「アレ? あなたって、誰かに似ているような」

「え?」


 結菜は瑠璃の顔をまじまじと見て、謎めいた口調で呟いていた。


「な、なんでもないわ。急に変な事を言ってしまって。ごめんね」


 結菜は明るい表情を見せながらも、瑠璃に対して苦笑いを浮かべていたのだ。


「そう言えば、姉さんは仕事の方は順調なの?」

「まあ、そうね」


 歯切れが悪い返答が返って来た。


「この前までは少し悩んでいた事もあったんだけどね。方向性の違いで。でもね、仕事の方針なんだからしょうがないなって。私は今、雇われているだけだし。自分なりの考えは、自分で経営できるようになってからにしよって。そういう風に考えるようにしたの。会社には方針があるしね」


 少しだけ、悔しそうな顔を浮かべ。それから迷いを振り切った感じに表情を整えていたのだ。


「そっか。まあ、姉さんが元気になってよかったよ。この前、悩んでいるのかなって」

「でも、あんたってリビングからすぐ出て行って、相談にのってくれなかったじゃない。聞いてよ、晴馬ってね。結構冷たいところがあるんだよ」

「そうなんですか」

「そうそう、案外ね」


 瑠璃も少々引き気味に、晴馬の事を見ていた。


「で、でも、俺、今度からはちゃんと相談にのるし。本当だって」


 晴馬は瑠璃の前で誤解を解こうと必死になっていた。


「まあ、いいわ。じゃあさ、今度、あなた達に試食してほしい料理があるんだけど。いい? 晴馬は絶対に参加ね」


 姉の結菜は普段から料理をしており、実力は高い。

 プロの試食なら、一般人よりも凌駕しているのだ。


 結菜からの誘いに、試食したいという判断に至り、二人は素直に承諾するように頷くのだった。

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