第16話 君らの廃部はあと僅かさ

 今日は月曜日。

 休日が開け、今は放課後で、綾瀬晴馬あやせ/はるまは部室棟の動物愛好部の部室にいたのだ。


 他には中戸千秋なかど/ちあきがおり、いつも通りにハムスター、亀、兎に餌を与えていた。

 しかし、飯田瑠璃いいだ/るりの姿はなかったのである。


 晴馬はパイプ椅子から立ち上がると部室の扉を開け、左右の廊下を見渡す。すると、階段を上って来たであろう瑠璃の姿が遠くに見えたのだ。

 彼女は近づいてくるなり、晴馬に対して遅れてごめんねと告げる。


「何かあったの?」

「生徒会としての会議みたいなこと。週初めの日に、生徒会室に役員たちが集まって情報共有するのよ」

「へえ、そういう事してるんだ」


 晴馬は相槌を打っていた。


「それで、俺らの部活の件についても話題に上がった?」

「そうね、一応ね」

「まだ、大丈夫なんだよね」

「そうね。でも、あとで生徒会長が今週中に全部の部活巡りをするみたいなの。抜き打ちチェック的な感じで」

「じゃあ、俺らの部活にも……という事は、その時に部活の事について言われるとか?」

「多分ね。そうなると思うわ。でも、色々な部活があるわけで、いつこの部活に来るかは私も知らないわ。それより、部活をするんでしょ」


 そう言って、瑠璃は部室の中に入って行く。


 晴馬は再び廊下を左右に見渡したのち、扉を閉めるのだった。




「それじゃ、皆が集まった事だし、部活やろ!」


 飼育しているペットらの籠を背に、千秋はその場に立ちながら、パイプ椅子に座っている二人の方を見て元気よくガッツポーズを決めていた。

 今、彼女のテンションはマックスらしい。


「じゃあ、どうしようかな。今日はね」


 勢いよく発言した割には、千秋は何も決めていなかったようだ。


「え、えっとね、二人は何かしたいことある?」

「そうね」


 瑠璃はパイプ椅子に座ったまま悩み込んでいた。


「だったら、動物系のイベントを探すとか?」


 晴馬の発言に、二人がその話題に注目し始める。


「俺らの動物愛好部はまだ知名度が低いわけだし、色々なイベントに参加して実績を積めるようにしたいなって」

「確かに、そうした方がいいわね」


 瑠璃も同調するように頷いていた。


「でしたら、講習会的なのに参加するのはどうかな?」


 瑠璃は話題を広げてくれる。


「講習会? それって、パワーポイントのようなモノで解説作品を作って、人前で説明するやつ?」

「そうよ。中戸さんが考えているような感じの」


 瑠璃にはあてがあるとのことだ。

 話によると、彼女の知り合いに児童館施設を運営している人がいるらしく、そこで子供たちに自然の事や社会の事について教える場があるらしい。


「それはいいですね、私も賛成です」

「じゃあ、私、確認してみるね」


 そう言い、瑠璃はスマホを片手に手際よく一先ずメールを送っていた。

 良い返事が返ってくるかはわからないが、行動しない事には何も始まらないのである。


「これで次の活動方針は決まりましたね」

「でも、あちら側の返答次第ね。少し待ちましょ」


 安堵する晴馬の隣にいる瑠璃が、スマホを裏側でテーブル上に置く。


「あとは返答次第ね。本当に決まったらパワーポイント作成を初めよ! 今は気長に待ちましょー」


 千秋がホッとため息をはき、パイプ椅子に座ると、ハムスターを右手に乗せて可愛がり始めていた。


 ひと段落着いた頃合い、突如として部室の扉が強引にも開かれる。


「ここだな、動物愛好部ってのは。それにしても部員も少ないな。なあ、瑠璃」


 扉付近には、生徒会役員の会長である三年の我妻宗氏わがつま/そうしが佇んでいる。

 彼は学校内でも実績を持つ人物であり、自分なりの確固たる考えを持つことから、凛々しい顔立ちをしていた。


「というか、瑠璃はいつまでこの部活に所属しているつもりなんだ?」

「それは……でも、まだもう少し待ってほしいって言いましたよね、会長」


 席から立ち上がる瑠璃は真剣な顔つきで訴えていたのだ。


「そうだね。まあ、瑠璃の考えはわかる。色々な部活がある事はいいことだとは思うよ。けれどね、部費ってのは限度があるわけで、無意味な部活は強制的に廃部にした方が効率いいのさ。瑠璃も最初はそういう考え方だったろ?」


 会長の視線は瑠璃に向けられていた。


「そ、そうですね。で、でも、無駄な事はないと思うの。この前、会長と話しましたよね。部費は発生しない代わりに存続してもいいと。さっきの会議中も別に問題はないとおっしゃっていたじゃないですか?」

「確かにな」


 晴馬と千秋は、二人のやり取りを傍観者として見ていた。


「この部活の事については以前から他の人に聞いて回っていたよ。この頃、実績はないみたいだね」


 晴馬と千秋が入り込む枠がないというほどに、二人の間で口論が続いていたのだ。


「でも、少しずつは改善しているつもりです」

「つもりだとよくないんだよ」


 瑠璃の言葉では動じる様子がなく、会長は一歩も引かない姿勢を見せていた。


「すいませんけど、私たちも頑張ってるんです。だから、もう少し時間をください! 私たち、本当に学校の外に出たり、動物と触れ合ったりとボランティア活動もしてるんです! 本当なんです!」


 千秋も席から立ち上がり、ハムスターを両手で持ったまま会長に対して部長らしく自身の意見を告げていた。

 その目力からは凄まじさを感じるほどだ。


「君が部長か。まあ、話が早い。そのボランティア活動を通じてどこまで実績を残せるか見てみようじゃないか」

「望むところです」

「そうだな、どうしようか。夏休みに入る前までの二か月間。それで君らの実績とやらを見せてくれるのかい?」


 今は七月である。

 二か月というのは、夏休み明けという事になるのだ。


「わかりましたよ。でも、二か月と言わず、夏休み前には見せつけやりますからッ!」

「「え⁉」」


 部長の千秋の発言に、肩を震わせる晴馬と瑠璃。

 その部長のとんでも発言に会長はニヤついていた。


「そうか。まあ、いいや、君らが決めた事ならね。楽しみに待っているよ。けれど、夏休み前までに達成できなかったら、廃部だな。夏休み後には正式にそのような手続きをするよ」


 会長の宗氏は瑠璃を一瞬だけ見た後、背を向けて部室を後にして行った。




「中戸さん、本当にいいの⁉」


 晴馬は席から立ち上がると、瑠璃の元へ向かう。


「……い、いいのッ! 私たちは出来るのッ! ライオンだって全力を尽くすでしょ。最後の最後までね。だから、ここは踏ん張りどころよ!」


 千秋はハムスターと共に、右手を上へと向けていた。

 てっぺんを取るかのように――


「でも……あれ? メールが帰って来たわ」


 二人が会話している最中、瑠璃が話そうとしたところで彼女のスマホから着信音が響く。


「ね、ねえ、二人とも。許可が下りたよ。児童館で講習会を開いてもいって!」


 瑠璃はスマホ画面を見、希望を手に入れた声で二人に結果を報告していたのだった。

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