第15話 私、それだと悩ましいかも…

「一等賞は取れなかったけど。まあ、頑張ったしいいよね」


 中戸千秋なかど/ちあきは軽くため息交じりの言葉を漏らしていた。


 今、参加型イベントの終了の合図がスピーカーによって知らされる。

 ゴール地点に到達した参加者の中で一等を獲得した報告などなく、大体が二等か三等である。


 三〇分という短い時間で二列揃えるならば、急ぎ足でも難しいと思う。

 最初から一等を取らせるつもりはなかったかもしれない。


「でも、この動物園で使えるクーポン券なら今からでもどこかに寄らない? 二人は時間ある? どうかな? ここに六千円分もあるし、一人二千円計算ね」


 二人は千秋から誘われていた。

 彼女は、二人と一緒に行動したいのだろう。

 表情からして、そんな気がする。


「まあ、いいんだけど。綾瀬さんがそれでいいなら」

「俺は……そうだね、今日は一緒に行動するよ。一応、時間はあるからさ」


 飯田瑠璃いいだ/るりには若干の迷いはあるように思えるが、積極的な千秋の意見に同調するように、晴馬も動物園内のお店へと向かって行く事となったのだ。




 動物園内の入り口付近に、グッズを売っている売店のような建物がある。

 そこには、お菓子セットの他に動物を模したグッズもあったりするのだ。


 店内に入ると、先ほどのクーポン券を持って立ち寄っている人らを見かける。


「色々とありますね! 二人は何にします? 私はお菓子もいいですけど。せっかくここまで来たので、グッズもいいですよね」


 グッズコーナーの棚には、動物がデフォルメされた感じのぬいぐるみがザラッと並べて置かれている。

 可愛らしい感じの出来具合であり、動物好きな綾瀬晴馬あやせ/はるまも、その光景に心が癒されていた。


「全部いいかも。んー、このぬいぐるみも可愛いよね、飯田さん」


 千秋はパンダのぬいぐるみを両手で持ち、見せてくる。


 そのパンダは、この動物園で人気なパンダ二匹をモデルに製作されたぬいぐるみなのだ。


「そのぬいぐるみも可愛いね」

「そうでしょ。これがルウルウで、パンダのメスなんだよね。えっと、こっちが、オスのラオラオね」


 千秋はもう一つのパンダぬいぐるみも棚から手にして、瑠璃に紹介していた。


「いいわね。どっちも再現度高くて、どっちも欲しい!」


 瑠璃はパンダにくぎ付けになっていたのである。


 こ、このままでは、瑠璃の注目の的がタヌキからパンダに――


 晴馬は内心、二人のやり取りを見て焦っていた。


 どうにかしないと焦る感情を抱きながらも、晴馬は辺りを見渡す。


 近くには、デフォルメ”タヌキ”のキーホルダーがある。


「ね、ねえ、飯田さん。こっちの方もいいと思うんだけど。どうかな?」


 キーホルダーを手に、瑠璃に見せた。


「わあ、それもいいね」


 瑠璃の注目がタヌキへと移ってくれたのである。


 このまま彼女をタヌキの虜にせねばと、少々企みのある表情を見せる。


「どっちもいいけど。悩むわね」


 瑠璃は二つの魅力的な動物グッズを前に、悩ましく感じているようで唸っていた。


「じゃあ、どっちも買っちゃう? このクーポン券ならどっちも買えるよ」

「そうなの? だったら、どっちも買おうかな」

「念のために聞くけど。飯田さんは、パンダとタヌキどっちが好きなのかな?」


 晴馬は恐る恐る問いかけてみた。


「私はどっちも好きだけど。しいていうならね」


 瑠璃は晴馬の方へ視線を向かわせてくると、軽くウインクして、タヌキの方かなと言ってくれたのだ。


「やっぱ、タヌキだよね!」


 晴馬はその言葉を彼女から直接的に聞いて、ホッと胸を撫で下ろすのだった。


「じゃあ、私は追加で、このライオンの鬣マスクでも買おうかな。ここでしか売ってないし」


 千秋はリアル思考なデザインのライオンの鬣マスクを手にするなり、試着して見せていたのだ。


「がおー! ねえ、ねえ、二人とも、これなら本物っぽいかな?」


 マスクを着用したまま千秋は話しかけてくる。

 しかも、頭部だけがリアルライオンなのに、首から下が人間であり、ちぐはぐでなんか面白かった。

 二人は軽く笑ってしまう。


「な、なに、どうかしたの?」


 千秋はマスクを取り外して、困った顔をしていた。


「だって、それ顔の部分だけがリアルだと、違和感がありすぎておかしくて」


 瑠璃は笑っていた。

 それに釣られるように、晴馬も笑う。


「もうー、これ、私さ。本気で欲しいと思って被ってたのにー、でも、私は買うけどね。猫派なら断然購入よ」

「でも、値段はどれくらいなの?」


 瑠璃の問いかけに、千秋は値札のところを確認していた。


「……ちょっとお高いわね。で、でも、これは自分のお金で購入するよ。それくらいのお金はあるからね」


 心配しないでといった態度を見せていたのだ。




「ありがとうございましたー、またのご来店お待ちしております!」


 グッズを購入した後、レジカウンターにいる店員から元気の良い表情で挨拶された。


 気分よく二人はお店を後に動物園内を歩き出す。

 千秋は少しお手洗いに行くと言って少し離脱していた。


「でも、ごめんね」

「え?」


 二人きりになった瞬間、晴馬の発言に瑠璃は少々首を傾げていた。


「何って、そりゃ、元々今日は二人で遊ぶ約束だったでしょ。だから、大丈夫だったかなって思ってさ」

「まあ、私も想定外だったけど。結構楽しめたよ。最初は気が進まなかったけど、参加型のイベントで色々な動物を見れたし。結果的には良かった派かな」

「なら、良かったよ。気分を害されたわけじゃなくて」

「まあ、ちょっとした不満はあるけど。でも、今度は二人きりで遊ぼうよ。また時間がある時にね」

「そうだな。また今度ね」

「うん」


 二人で話しながら歩いていると、用を済ませてきた千秋が背後から近づいてきたのだ。


「なに、二人でこっそりと話してたの?」

「な、なんでもないよ」

「う、うん。なんでもね」


 晴馬は慌てて返事を返す。

 それと同時に瑠璃も同調するように頷いていたのだ。


「まあ、いいわ。じゃあ、最後にどこかに寄る? まだキッチンカーの営業もしてるみたいだし」

「じゃあ、私、クレープでも買おうかな。帰る前にもう一回立ち寄ろうとしていたから」


 瑠璃の中での迷いが吹っ切れたのか、笑顔で千秋に返事を返していたのだった。

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