第14話 動物を見ているだけでも楽しいね

「やっぱり、ライオンはいいよねー」

「そうですね。迫力があって」

「晴馬くんは好き? ライオンとか」

「俺は普通かな。見ているだけならいいですけど。実際に触るのは、度量がいるというか」

「そうなんだ。晴馬くんはどっちかというと、犬派だったよね?」

「そうだね。中戸さんは猫好きだから、同じネコ科のライオンが好きってことだよね」

「そうそう。昔は飼ってみたいって思って、家族に相談したら無理って断られた思い出はあるけどね」

「それはさすがに、断られるよ」

「私、今は猫だけで我慢しているけど。将来は絶対にライオンも飼ってみたいなって。でも、もっと先の話になるだろうけどね」


 中戸千秋なかど/ちあきは自分の想いを語っていた。


「ねえ、二人とも時間制限があるなら、早く次の場所に行かないと」


 二人の話に横やりを入れるような形で飯田瑠璃いいだ/るりが割り込んでくる。


「というか、綾瀬さんも、ここでずっと会話ばかりしてないでね」

「あ、わかってるよ。でも、少しくらいは。まだ始まったばかりだし」

「そうだけど。賞金が欲しいんでしょ」

「賞金は欲しいね。中戸さん。動物をじっくりと見るのは、このゲームが終わってからでも出来るし。まずはスタンプを集めよ」


 綾瀬晴馬あやせ/はるまは隣にいる彼女に呼びかけた。


「わかったわ、今は集中するから。やっぱ、断然一等は欲しいものね。ごめんね、飯田さん。ここで立ち止まってばかりで。次はタヌキの場所よね」


 そう言いながら、千秋は近くの台の上に置かれていたスタンプをビンゴカードに押したのだ。




「これって、タヌキよね。レッサーパンダとやっぱり違うのね」


 三人は次のエリアにいた。


「そうでしょ」

「うん、綾瀬さんの説明通りだし。よくよく見ると可愛いのね」

「飯田さんもその良さがわかる?」

「わかるよ。私、ここで写真撮ってもいい? いいなら撮ろうかな」


 瑠璃はスマホのカメラ機能を作動し、柵の先にいる数匹のタヌキを撮影し始めていた。


「え、飯田さんもじっくり見すぎじゃない」

「ご、ごめんね。でも、タヌキが可愛すぎて、つい」

「もうー、でも、動物を好きになってくれるなら私は嬉しいし。少しだけ待つよ」

「ありがと、中戸さん」


 現状、動物自体に目が行き過ぎて、思ったほど先へと進んでは行きそうもなかったのだ。


「まあ、少しくらいはいいよね……」


 晴馬はスマホ画面を確認した。

 まだ、時間には余裕はある。がしかし、周りを見れば早歩きで行動している人をチラホラと見かけたのだ。




「結構、人が集まっているわね」


 タヌキのエリアから少し進んだ先。三人が訪れた場所には、多くの参加者や、それ以外の目的で集まって来た人らがいる。


「えっと、この動物はハシビロコウかな?」


 千秋がそう呟く。


 人混みをかき分け先へと進むと、千秋のいう通り、柵の先にはハシビロコウという鳥が存在していたのだ。


「でも、私、その動物の名前初めて知ったわ」

「そう? 結構人気じゃない?」

「そうなの?」

「ここの動物園では二番目に人気があるらしいよ」


 千秋は瑠璃に説明していた。


「へえ、じゃあ、一番人気なのは?」

「それはなんたって、パンダでしょ」

「そうね、確かに。パンダって皆に人気があるものね」


 瑠璃は納得するように頷いていた。


「え、じゃあ、ハシビロコウだっけ? この動物ってどういう人気があるの?」

「それはね。写真を撮る角度によっては面白く撮れたりするの。こうやって撮ると、ほらね」


 千秋が実際にその場所からスマホを使って撮影してみる。


「確かに、面白く撮れてる」


 なんやかんやで千秋は楽しんでいる。

 もはや、目的と段々とズレつつあったのだ。


「やった、これで、全部揃った!」

「でも、もう一つ揃わないとダメなんじゃない?」


 遠くの方から親子と思われる話し声が聞こえてきた。


「そうなの?」

「一つだけだと二等だよ。ここにそういう説明があるでしょ」

「えー、そうなの。じゃあ、今からだと全部のスタンプを集めるのはもう無理そうだね」

「そうだね。でも、二等は確実だから、もうゴールまで行こっか」

「うん」


 無邪気な声と、それを上手に相手をしている親はその場所から立ち去って行き、ゴールまで向かって行った様子だ。


「え⁉ 二つの線を揃えないと一等じゃないの⁉ ごめん……私、ちょっと見落としていたかも」


 晴馬は、焦っている千秋が持っているビンゴカードを覗き込んでみると、確かに下の方に注意書きとして記されてあった。


「じゃあ、どうするの、中戸さん?」

「ん……どうしようかな……で、でも、早歩きで行動すれば二等は確実だから、それくらいは頑張ろ。二等でも、一万円のギフトカードだし」


 瑠璃の問いかけに、千秋は表情を歪ませながらも、出来る限りの判断を下すのだった。




「でも、これで最後ね」


 千秋が別の場所で最後のスタンプをポストカードに押す。

 これで横一列に揃い、ビンゴ状態になった。


「ようやく揃いましたね!」


 瑠璃がホッと一安心をしていた。


「じゃあ、先を急がないと」


 晴馬の問いかけに、ビンゴカードを持っている千秋が、その場から勢いよく走り出す。


 二等の商品を得られるのは確実だが、三人より前にゴール地点まで向かい、走って行った人らもいる。


 二人も千秋に続いて走り出すものの、晴馬は二等を獲得できるか不安になっていた。


「は、はい、これでよろしいでしょうか」


 千秋は息を切らしたまま、ゴール近くにいるイベントスタッフの女性へとビンゴカードを渡す。


「一列でビンゴ状態ですね。でも、ごめんね、さっきの人で二等の商品もなくなっちゃったの」

「えー、そんなぁ……」

「ですが、三等の商品がありますので」

「三等って、どんな商品ですか」


 千秋は瞳を光らせながら食い気味に話す。


「三等はですね。今月中まで、この動物園で使えるクーポン券になります」


 千秋はスタッフから、その景品を貰っていたのである。


 本当に欲しかったモノは手に入らなかったが、これで良かったのかもしれないと、千秋の後ろ姿を見ながら、晴馬は悟っていたのだ。

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