第9話 瑠璃と、犬の散歩をすることになったのだが…

 綾瀬晴馬あやせ/はるまは学校にいた。

 放課後の今、晴馬は部室に向かい、そこの扉をノックしてから入る。

 すでに他の二人がいて、学校指定のジャージに着替え終わっていたのだ。

 晴馬も隣の空き教室で動きやすいジャージ姿へ着替える事にした。


 今から向かう先は、学校からバスで数分ほどの距離にある動物愛護協会である。

 昨日部員同士で話し合っていた通りに、ボランティア活動をするのだ。


 晴馬が部室に戻ると彼女ら二人は通学用のリュックを背負っており、いつでも出発できる態勢になっていた。


「晴馬くんも行きましょう! 私は楽しみで夜も寝られなくて、今日の授業中に寝てしまって先生から怒られてしまったんです」

「むしろ、ちゃんと寝ないと」


 晴馬は、千秋にツッコみを入れた。


「そうしたかったんですけど。やっぱ、色々な動物と触れ合えるって思うと」

「でも、今から行く場所には犬と猫しかいないんじゃないか?」

「確かにそうですけど。私の家には猫はいるけど犬はいないので楽しみって感じなの。どんな犬がいるか、色々と妄想してしまって」


 千秋は猫派らしいが、犬も好きらしい。

 彼女は動物全般が好きらしく、普段から飼っていない動物を見るとテンションがマックスになってしまう子なのだ。


「そう言えば、中戸さんは猫を飼っていたね。元気そう?」

「うん、元気だよ。この前も猫が増えてね。大家族的な感じになってるの」

「へえ、それはいいね」

「また、遊びに来てよ」

「時間がある時にね」

「うん」


 飯田瑠璃いいだ/るりは二人の会話のやり取りを見て、少々不満そうな顔を見せていた。

 自分だけが知らない話題になると少し嫉妬してしまうらしい。


「じゃあ、飯田さんも行こ。バスの時間も近いし」

「そ、そうね。では、行きましょうか」


 ムスッとしていた瑠璃も、晴馬の問いかけにいつもの表情を元に戻し、比較的明るく振舞っていた。


 三人は部室を後に、愛護団体がいる場所までバスで移動するのだった。




「えっと、あなた達が、昨日メールでボランティア活動をしたい連絡をしてきた高校生ね」


 動物愛護団体がいる建物の入り口に入ると、奥の方からエプロン姿の女性スタッフが駆け足で歩み寄って来た。


「はい。私が部長の中戸千秋なかど/ちあきです。今後ともよろしくお願いします。それと、こちらはつまらないものですけど」


 千秋は愛護団体の女性スタッフに、犬と猫の餌の袋を渡していた。


「こんなに」

「私、動物が好きなので、どうしても渡したくてしょうがなかったんです」

「そ、そう。それはご丁寧に。他の二人も部員さんでいられるんですよね」

「はい、そうです。こちらが、綾瀬さんで、もう一人がつい最近入部した飯田さんです」

「綾瀬さんと飯田さんね。わかったわ。いきなり大きな仕事をやらせるわけにもいかないし。まずは、ペットの世話をしていただければ」


 スタッフの女性は三人の方を見やっていた。


「私らの場所では、犬や猫がいるのはわかっていると思いますが、犬の散歩二名と、猫との交流をしてくれる子一名で割り振りしていただければ」

「でしたら、私、普段から猫を飼っておりまして。猫たちの世話は任せてください」

「それは頼もしいわね。という事は、そちらの二人が犬の散歩という事でよろしいでしょうか?」


 女性スタッフから問われ、晴馬と瑠璃は頷く。


 一旦説明が終わると、建物の入り口のところで二人は千秋と別れる。

 二人は外の方に出て、犬と一時間ほどの散歩をすることになったのだ。




「ここに来たという事は、犬の散歩経験はあるんだよね」


 普段から犬を担当しているであろう男性スタッフから確認のために問われる。


「はい、自分は普段から犬の散歩をしてますので。ですが、飯田さんは初心者みたいなところはありますが、自分が付きっ切りで行動しますので」

「そうか。なら、任せようかな。私たちは別の業務があってね。ちょっと忙しかったところだったんだ。ほら、あっちに引き取り手のお客さんがいらしてるだろ」


 そのスタッフが示す場所を見てみると、引き取り手と思われる六〇代くらいの夫婦と思われる方がいたのである。


 晴馬と瑠璃は、担当の男性スタッフから犬とリードを渡された。


 リードを手にしていると、以前交わした瑠璃とのやり取りを思い出してしまう。

 それに、今日の朝、夢で見た如何わしい夢の事までフラッシュバッグしてくるのだ。


「あとは任せるから。散歩は一時間で、この近くには公園があるから、そこを通って一周すれば、丁度一時間になると思うから。詳しい事は、この紙に載ってる地図を見入ればわかるよ。じゃあ、私はここで」


 その言葉だけを残して、立ち去って行ったのだ。




 二人の近くにいる犬は、柴犬だった。

 キツネ色の頭部と白色の毛が特徴的な、日本らしいイメージがあるタイプである。


 四足歩行状態の柴犬の首元にはリードが取り付けられており、早く散歩をしたいようで、息を荒くしながら二人の方を見ていたのだ。


「じゃあ、そろそろ散歩しないとね。飯田さんは大丈夫そう?」

「わ、私は大丈夫?」

「え? なんで疑問形? 本当に大丈夫? 顔が青いけど」

「う、うん」


 瑠璃は初めての犬を前に、少々尻込みがちになっていて、不安そうな表情を浮かべていたのだ。


「私は大丈夫だから、こ、これくらい」

「ワンッ」

「んッ!」


 急な犬の声に、瑠璃はおどおどしていた。


「一応、俺もそっちのリードも掴んでるから、安心してもいいよ」

「う、うん。わかったわ。綾瀬さん」

「最初は慣れるまで大変だと思うけど、ゆっくりと行けば問題ないと思うからね」


 晴馬の発言に瑠璃はホッとした顔つきになる。

 安心しきった状態になったのか、晴馬と共に横に並んで歩き始めるのだった。

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