第8話 本当は、変態同士なのかもしれない
「ねえ、もう一度私の頭を撫でてくれないかな?」
「え?」
彼女は立膝をついて、晴馬の方を見つめていた。
ここは夕暮れ時の教室内。
「でも、そういう性癖はないって」
「それは違うの。本音で言うとね……ペットのようにもっと可愛がって欲しくて」
彼女は頬を真っ赤に染めたまま、早くしてと言わんばかりの瞳を晴馬に向けていた。
「それ、本当だったの?」
「うん」
瑠璃は縦に首を動かしていたのだ。
「だからね、もう一度、撫でてくれないかな?」
彼女は小動物のように、甘えた声で問いかけてきている。
「ほ、本当にそれでいいのか?」
「いいの。だから、さっきから、そう言ってるでしょ……もう、何度も言わせないでよ……」
「で、でも……」
晴馬は声を震わせ、立膝状態の瑠璃を見やる。
彼女の瞳は輝いているのだ。
このまま野放しにしておくわけにも行かず、そもそも周りを見渡せば誰もいない。
学校にいるのに誰の足音もせず、誰かに見られる心配もない状況ではあった。
これ、絶好のチャンスなのか?
だ、だよな。誰も見ていないなら頭を撫でるくらいなら。
そう思い立ち、息を飲んだ後で晴馬は勇気を持って瑠璃の頭に右手を乗せた。
ゆっくりと動かしながら、小動物を愛でるように撫でてあげるのだ。
瑠璃は動物のような声で可愛らしく鳴き、今さにペットで言うところの犬みたいで愛らしく感じる。
今、変態な瑠璃に応じている時点で同類であり、紛れもなく晴馬も変態という事になるだろう。
自分では気づけなかったが、晴馬も実はそういう性癖があるのかもと一瞬思ってしまったのだ。
「実はさ……お、俺も変態なんだ……」
少々諦めがちな口調でハッキリと言い、再度、彼女を見やった。
瑠璃も無言で笑みを向けてくる。
元からペットが欲しかったのだ。
これを機に、彼女をペットとして可愛がるというのもありかもしれない。
そんな変態的な事を考えていると、周りが一瞬真っ白になり、気づいた時には目の前から誰かがやってくるのが分かった。
今、晴馬がいる場所は、先ほどまでいた学校の教室ではなくなっていたのだ。
意味が分からないまま、遠くへと目を向ける。すると、次第に、その人が鮮明になっていく。
それは実姉の
視線を落とすと、立膝になっていた瑠璃の姿はなく、意味が分からないと思っていると、なぜか目の前にいる姉から急に睨まれたのだ。
「あんたさ、そういう趣味があったとか、キモいんだけど」
「え、え、で、でも、これには訳があって……というか、姉さんはどうしてここに?」
晴馬の問いかけに、目の前にいる姉は無言のまま右腕をつねってきたのだ。
「い、痛いって。確かに、俺は変態だけど――」
自白するように、晴馬は声を大にして言う。
声を大にして告げた事で心の底がすっきりとした気分になるのだが、痛さが直る事はなかった。
ひたすらに右腕に違和感が出始める。
「……ん?」
瞼が重い……。
え?
こ、ここは……?
さっきまでいた意味不明な場所ではなく、白い背景をした、どこかわからない小さな部屋だった。
「……あ、ああ、そういうことか」
ぼやけていた瞼を擦って再度見やると、目の前に見えていた白い背景は自室の天井であり、晴馬は部屋の床を背にしてベッドから落ちていたのである。
さっき姉に引っ張られていた右腕の痛みは、右腕を床にし、横になって寝ていたからしびれていたらしい。
「という事は、さっきまでの出来事は夢の出来事か」
一応、安堵し、晴馬は床から上体を起こす。
「ねえ、晴馬さ」
「え⁉」
突然、姉の結菜の声が聞こえ、ドキッと心が飛び跳ねてしまう。
恐る恐る声がする方へ顔を向けた。
なぜか晴馬の部屋の扉は空いていて、部屋の前には私服姿で肩にはバッグをかけた姉が佇んでいたのだ。
「さっき、俺は変態だけどって声が聞こえたんだけど。どんな夢を見てたの?」
「あ、そ、それはなんでもないから」
姉からはジト目で見られていた。
「あ、そう。でも、外ではそんな意味不明な事を言わないようにね」
「わ、わかってるよ。言われなくても」
「まあ、いいわ。それより、私、仕事に行くから。あんたも早く準備して学校に行ったら」
「え、うん、そのつもりだけど。時間は?」
「七時半だけど」
「七時半⁉ 今から朝食を食べないと遅れるじゃんかッ!」
「朝食は私が作っておいたから、それでも食べてもいいから」
「あ、ありがと、姉さん……」
「別に、お礼を言われる事はしてないわ。じゃあ、行くから」
そう言って姉は近くの階段を下り、自宅一階の玄関へと向かって行く。
姉はぶっきら棒な言い方をしてくるが、調理師免許を持ち、たまには朝食を作ってくれるのだ。
意外と優しいところもあり、姉には感謝はしている。
でも、昔、自宅でペットを購入するかどうかで言い合いになった時から、少し距離感があった。
姉がなぜペットが嫌いになったのかはわからないが、できればペットの良さを知ってほしいという思いは晴馬にはあった。
ただ、そういった踏み切った話をしようにも、どういう風に話を振ればいいか、未だに間合いを掴めないのである。
下手に話しても、嫌がられるのは目に見えていた。
「そんなことより、すぐに朝食とって学校に行かないと間に合わないって」
晴馬は急いで自室を後に、階段を下ってリビングに向かう。
リビングのテーブルには、スクランブルエッグとウインナーが乗った皿が置かれてあった。
姉が作る料理は上手である。
味付けも良く、皿への盛り付け方も一流。
調理師免許を持っているからという理由もあるのだが、やはり、昔から家族にも料理を振舞っていたほどであり、長年蓄積された経験も姉の実力になっているのだろう。
「まあ、姉も悪い人ではないし、ペットのことについて話題を振っても話くらいは聴いてくれるよな」
そう呟きながら晴馬は席に座り、テーブルにあった箸を手に、皿に盛りつけられたスクランブルエッグとウインナーをご飯無しで食べるのだった。
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