第6話 私…別に変態とかではないから

 昨日は色々なことがあったなぁと、今、綾瀬晴馬あやせ/はるまは振り返っていた。


 丁度帰宅してきた姉に、瑠璃と一緒にいるところを見られてしまい、少し気まずくもあった。

 けれど、瑠璃が帰ってからは、姉からは特に何も言われる事はなかったのである。


 社会人である姉の綾瀬結菜あやせ/ゆいなは、仕事で疲れているのか、ため息をついていた。


「なんで、あんな事を言われないといけないのよ……」


 姉は冷蔵庫にあった冷凍食品をレンジで温めて、独り言で愚痴を零しながらも食事用の長テーブルで夕食を取っていたのだ。


 気にはなったが、不満モード全開の姉と同じ空間にいると面倒事に巻き込まれると察した。


 晴馬は食事をする姉をチラッと見た後、事が大きくなる前にリビングを後に自室で夜を過ごしたのだ。


 そして現在、朝の学校で自身の席に座り、いつも通り過ごしている。


「えっと、今日の連絡事項はこれで終わり。あとは一時限目の用意をして待っているように」


 壇上前に立つ担任の女性教師が、連絡用のファイルを閉じて周りにいる生徒らを見渡していた。

 確認を終えると、連絡ファイルを持って立ち去って行く。


 HRが終わった今、特にこれといってやることなどなく、スマホを弄りながら、晴馬は動物園の事について調べていた。

 今週の休みの日に、瑠璃と一緒に遊ぶ約束をしているのだ。


 晴馬が最後に、その動物園に行ったのは二か月前だった。


 新学期が始まってからというもの、部活面でやる事が多く意外と行けていないのである。


 そこの動物園では、一か月に一度は取り扱っている商品やイベントが変わっていたりするのだ。

 スマホでHP一覧を見ていると、今は夏用のイベントが開催されているらしい。


 イベントといっても、そこまで大それた内容ではなく、動物園の敷地内でキッチンカーが営業していたり、動物園特製のアイスが販売されていたりするのだ。




 午前終わりを知らせるチャイムが鳴る。

 晴馬は教室から出て、購買部に向かおうと廊下を歩いていると背後から声をかけられた。


「ねえ、今日は一緒に食べない?」

「いいけど」


 晴馬は立ち止まって振り返り、後から教室を出てきた飯田瑠璃いいだ/るりの誘いを受ける。

 昨日の事がフラッシュバックするが、気にしないようにした。

 多分、彼女にもそれなりの事情があるのだと思ったからだ。


「でも、俺、今から購買部に行くから」

「私、お弁当を作って来たから一緒にどうかなって」

「作って来たの?」

「ほら、これね」


 瑠璃は布袋で包まれた弁当箱を見せてきた。


「だったら、どこで食べる?」

「どこでもいいけど。部室が空いてるなら、そこで」

「そこでいい? でも、今の時間帯なら中戸さんもいるかも」

「そ、そうなの? じゃあ、別のところで」

「え?」

「えっと、あの子の事が嫌いとかじゃなくて。私ね、昨日の事について話したくて。だから、あまり他人には聞かれたくないの」

「そういうことか。だったら、校舎の裏庭とかに行く?」

「うん。そこでいいよ」

「でも、俺、飲み物を買いたいからさ。一階の自販機のところによってもいい?」

「いいよ。じゃあ、行こっか」


 二人は隣同士で廊下を歩く。

 周りにいる人からは、生徒会役員の瑠璃と歩いていた事もあって物珍しい視線を受けてしまう。

 変に注目されるのも気恥ずかしいものだ。


 二人は自販機のところに到着すると、晴馬は紙パック製のコーヒー牛乳を二本購入する。


「一応、飯田さんの分も買ったから」

「ありがと」

「別にいいよ。弁当を作ってきてくれたお礼だから。裏庭に着いたら渡すよ」


 そういって二人は目的地まで向かって行くのだった。




「ここら辺でいいかな」


 裏庭には殆どの人がいない。

 二人はベンチに隣同士で座る。

 晴馬は彼女に紙パック製のコーヒー牛乳を渡す。


 涼しい場所ではあるが、少し薄暗く食事するのにはあまり適してはいないと思う。

 でも、瑠璃が重要な話をしたいという事なら、ここが一番適しているはずだ。


 瑠璃が持ってきた弁当というのは、一般的な内容である。

 卵焼きにウインナー。それから、ブロッコリーが敷き詰められてあった。

 ご飯の方は、おにぎりとして持ってきているらしい。


 実際に食べてみると普通に美味しかった。

 少し味付けに難点はあるものの、女の子が作ってきてくれたと思うと、普通に許せるくらいのクオリティである。


「普段から作っているの?」

「たまには作ってるけど。そんなに上手な方ではないけどね」

「でも、普通に良いと思うよ」

「そう思ってくれると嬉しい」


 隣に座っている彼女が優しい笑みを見せてくれた。


「それと、昨日の事だけど」

「うん」

「ペットになりたいっていうのは、そういう性癖じゃなくて。ただ、安心できるからというか、えっと、伝えづらいけど。とにかく世間的に言われる、そういう変な意味じゃないからね。それを伝えたくて」

「まあ、色々あるからね。別に変だとは思ってないけど……」

「ほ、本当に?」


 瑠璃からジト目で見られていた。


「本当だって」

「まあ、一応、そういう事で受け取っておくけど。でも、本当に私、変態とかそういう類の人じゃないからね……」


 彼女は自身の昨日抱えていた不満を口から吐き出した後、安心したのか少し胸を撫で下ろしていた。


「それと、部活の件についても話しておくけど」

「廃部の件についての?」

「そうよ。生徒会長にもう一回相談したんだけど。今のところは様子を見るって」

「じゃあ、今は安泰か」

「でもね、部費が増える事はないって。それが条件みたいね」

「そ、そうか」


 まあ、あってもなくても変わらない部活にお金を投資するわけもないか。


 今のところ、晴馬が所属している動物愛好部はほぼ同好会のやっている活動内容と同じである。

 扱っている動物の数も少なく、活動の範囲も狭い。

 その上、野球部のように甲子園のような遠征や、練習試合があるというわけでもないのだ。


「わかったよ。でも、生徒会長から廃部宣告はなくなってことね」

「そうね。でも、少しでも気を緩めると、もう一度廃部宣告されるかも。そこは気を付けた方がいいわ。でも、私が、そういうところを指摘していくと思うから安心してね」


 瑠璃から念を押される。

 それから二人は昼食を再び取り始めるのだった。

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