第3話 彼女は何かを隠しているらしい?

 綾瀬晴馬あやせ/はるま飯田瑠璃いいだ/るりと一緒に学校を後にしていた。

 途中までは彼女と同じ道らしく、薄暗くなってきた夕暮れ時の通学路を歩く。


 女の子と一緒に帰宅すること自体があまりなく、妙に緊張する。


 中戸千秋なかど/ちあきとなら一年ほどの付き合いがあるため、ある程度気軽に話題を振れるものの、瑠璃に対しては何を話せばいいのかわからず、戸惑っていたのだ。


「えっと、飯田さんは、この後何をするの?」


 でも、無言のまま一緒にいるのも変だと思い、沈黙を破るように晴馬の方から話題を振る事にしたのだ。


「家に帰ったらってこと?」

「そう」


 彼女は少し考え込んだ後――


「そうだね……まずは夕食かな」

「そうだよね、まずは夕食だよね」


 晴馬は相槌を打つ。


「ちなみに、綾瀬さんは?」

「俺は……そうだね、飯田さんと同じで夕食かも。でも、今日はスーパーで総菜を買ってから帰らないといけなくて」

「じゃあ、近くのスーパーに寄るの?」

「そのつもりだよ」

「じゃあ、私も一緒に行ってもいい?」

「いいけど、早く帰らなくてもいいの?」

「私は大丈夫。まだ六時前でしょ。そんなに暗くもないし」


 彼女はスマホ画面を確認しながら言っていた。


「それと、綾瀬さんは、部活は楽しい?」

「それは楽しいよ。普段、自宅ではできないことが出来るからね」

「自宅ではできないこと? 綾瀬さんは家でペットとか飼ってないの?」

「全然、飼ってないけど」

「え、でも、ずっと前、河川敷のところで犬の散歩をしていたような気が」

「え? 見てたの?」

「でも、変な意味じゃなくて。たまたま目に入って」


 瑠璃は焦って言葉を言い直していた。


「たまたま見られてたんだね。でも、俺、ペットなんて飼ってないよ」

「え? じゃあ、あの時いた、あの犬は?」

「それは多分……河川敷のところって言うと、別のクラスの子の犬の散歩を代行していた気がする」

「代行?」


 彼女は首を傾げていた。


「やっぱり、動物を専門に活動している部活だから、たまにペットを預かって世話をしたりしてるんだよ。でも、一日限定なんだけどね」


 部費が少ない為、ある程度のお金のやり取りを行い、代行サービスを行っているのだ。

 晴馬が所属している部活は他と比べ弱小で、廃部寸前という事も相まって活動範囲を広げなければいけないのである。


「へえぇ、色々な活動をしてるのね」

「そうだよ。将来は、動物関係の仕事に就きたいと思ってるから。飯田さんも犬の散歩とかしてみる?」

「いいの? 私にも出来るかな。犬の散歩もやったことなくて」

「また依頼がくればだけどね。でも、慣れれば出来るよ。飯田さんも動物が好きなんだよね」

「ええ……でも、私は綾瀬さんから――」

「……え? 何?」

「んん、なんでもないよ、気にしないで」


 彼女は言葉を零していたが、全力で首を振って何かを紛らわしているようだった。


「それより、綾瀬さんは両親と一緒に暮らしてるの?」

「そうだけど、一応、社会人の姉もいるけどね」

「お姉さんが」


 瑠璃は驚いた顔をしていた。


「でも、今日は帰ってこないと思うよ。仕事が忙しいからね」

「へえ、そうなんだね」

「後、両親も帰ってこないから俺一人ってこと。だから、スーパーに寄って総菜を買うってことなんだよね」

「じゃあ……私、家によってもいい?」


 彼女は治作呟くように言う。


「俺の家に?」

「うん、で、でも、ダメなら、それでいいんだけど」

「いいけど。どうして?」

「な、何となくよ。一応、これから一緒の部活をするから、少し綾瀬さんの事を知りたいと思って」

「いいよ。そういう事なら」


 晴馬は承諾する。

 そこから一先ず、自宅の途中にあるスーパーへ向かう事にしたのだ。




 スーパーの中に入ると、真っ先に総菜コーナーへ向かう。

 自宅近くにあるスーパーでは、夕方六時くらいから半額セールを行っているのだ。


 大規模なチェーン店のようなスーパーではなく、地元にしかないお店であり、夜八時までしか営業していないのである。


 地元の目線を意識しているから、早い段階から半額という大サービスをやってのけているのだ。


「これがいいかな? 飯田さんも俺の家に来るんだよね?」

「そうよ」

「こういうのでもいい?」


 晴馬は総菜コーナーのところに置かれたパックを手にする。その中にある野菜炒めの総菜を彼女に見せた。


「私も食べてもいいの?」

「問題ないよ。一緒に家に来るなら夕食を食べようよ。一人だとパッとしないし。飯田さんは、時間的に大丈夫なんだよね?」

「ええ、一応は。そんなに遅くなければだけど。多分、七時半くらいには帰ると思うけど……」


 瑠璃は腕組をし、何かを考え込んでいる顔をしているが、すぐに自身の中で結論に辿り着いたのか、晴馬の方へ視線を向けてきていたのだ。


「どうしたの?」

「い、いいえ、なんでも。じゃあ、えっとね、これも買おうかな」


 そう言って、彼女は総菜コーナーに並べられたパックに入った麻婆豆腐を手にしていた。


「これは私のお金で買うから。これも一緒に食べましょ」


 瑠璃はニコッとした笑みを零していた。

 しかし、普段は笑わないためか、その表情はどこかぎこちなかったのだ。


 二人はスーパーで会計を済ませると再び夜道を歩く。

 すると、前の方から犬を連れて歩いてきた三〇代くらいの女性とすれ違う。


 晴馬は顔見知りの人だった事もあり、通りすがりに挨拶をしていた。


「知り合いの人?」

「そうだよ。去年くらいからの付き合いで、たまに俺が散歩したりするんだけどね」

「へえ、何か、羨ましい」

「へ? 何?」

「いいえ、犬というか、好きな事を自分の活動に出来ていることが羨ましいってこと」

「そ、そうか……」


 瑠璃はいい人だとは思うが、どこか反応が変わっていると思う。


 多少の疑問を感じながらも、晴馬は彼女を連れて自分の家へと向かって行くのだった。

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