三人

紫陽花の花びら

第1話

 私の家は貧しくて、そのうえ兄弟が多い。

 今時四人は生みすぎだ! って兄弟が多いことはそれはそれで楽しいが、ひとつだけ本当にひとつだけ不満がある。

 私は高校生になるまで習い事に通ったことがない。

 周りには、いくつもいくつも通っている奴らがいるというのにだ。

 ピアノが習いたい! たったそれだけの願いが叶わないなんて、なんとこの世は不公平ことか!。


「瞳はいいよね。お稽古事に追われなくてさ。私特にピアノが嫌!」

 毎度おなじみの嫌味にしか取れないことを言ってくるクラスメイトの清香。

 私は、聞こえない振りをして席を立つ。

 嫌ならやめろ! 私が代わりに行ってやるって叫びたくなるのを必死で抑えた。

「やめなよ! 瞳だって本当は習いたいんだから。

 でもね、ピアノとか弾けなくても、楽譜読めてクラスで一番歌が上手いのは瞳じゃない」

 幼馴染の絵美は、清香に向かってそう言い放つと、私の腕を取り、さっさと教室を出て、音楽室へ引っ張っていった。

 清香が、私の名前をはじめとして呼びながら走ってくると、思いっきり私の腕を掴んだ。

「痛い!」

「アハハごめん! でもさちょっと大袈裟!」

 清香らしいと思わず絵美が笑う。

 むっとしていた私も、つられて笑ってしまった。

 

 毎週火曜日、音楽室の掃除当番をしている私たち三人は、掃除を終えると絵美がピアノを弾き、私が歌い、清香が踊る、この時間は本当に幸せな時間だ。

 嫌味な清香がこの時は優しく見えるから不思議だ。

 弾き終えた絵美が叫んだ。

「瞳の歌は素晴らしいね! いつ聞いても感動するよ。音程もバッチリ」

 清香も頷いてくれている。

「もう一曲弾いて」

 リクエストした清香は、軽やかステップを踏みながら絵美のほうを見る。

 絵美は何も言わずに弾き始めた。

 ああ、私の大好きな歌! 薬師丸ひろ子さんの「Woman」だ!

 心が、体が揺れる。

 清香と目が合ったとたんドラマが始まった。

 私たちの、それぞれの想いが重なり、弾け、お互いに見つめあいながら、ゆっくり心が溶け合って行く。

 こんな感覚初めてだった。と、突然拍手が起きた。

 私と清香は同時に拍手の聴こえるほうを見た。

「すごいよ! 二人ともすごいよ! 私途中から弾くのやめてたの。知ってた?」

 絵美がいつになく興奮している。

 弾くのやめたってそんなはずない、確かに私には聞こえていた。

「私は、瞳の歌の世界で踊っていたからわからない」

 そう言うと清香はまた踊り始めた。

 まるで止まった時間と、聴こえないメロディーをそっと手繰り寄せるように。

 絵美がぽつりと呟く。

「聴こえるよ私たちの音楽が。瞳歌って」

 絵美は清香の踊りに惹かれるように弾き始めた。

 私は、そんな二人を見つめ、

これからも積み重ねていくたわいない日常のなか、想いを重ね合える音に巡り会えた喜びに、心震えながら私は歌い出す。

 


 





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