第34話

 参道をゆっくり戻りながら、左右前後を確かめたけど、参拝客に母らしき人は見当たらなかった。鳥居をくぐり、神社の敷地の外に出ると、元来た道の両脇に土産物店や飲食店が並び始めた。参拝前に、ご当地グッズの雑貨をもう一度見に来ようと思った土産物屋さんの前に来たけれど、今日の出来事に私はずっしり疲れていて、帰り道で店内を覗く気にはなれなかった。

 こじんまりとした駅舎に着くと、帰りの切符を買って、駅の改札を通る。祖父に、今から電車に乗って帰ると、電話をかける。少々慌てた口調のいつもの様子で、祖父が電話に出てきた。

「おお、キワちゃんか?今から電車に乗る?分かった。駅、朝送って行った駅まで迎えに行くから。はいはい、よろしく。」

 祖父は私が「うん」「はい」を2回繰り返している間に、自分のペースで用件を伝えると、そのまま電話を切った。いかにも、祖父らしい。

 じきにホームに行きに乗ったのと同じ、真っピンクの車体の電車が滑り込んできた。乗客を下ろすと、今度は反対方向に行く客を乗せる番だ。行きと同じく、紫色の広告が壁一面を埋めている。電車が走り出すと傾いていく西日が時に強く差し込んで眩しくてたまらなかった。

 今日は、このまま祖父の家に戻る。明日はどうしよう、三連休の最後、最後にもう一度こちらに来てみるんだ、祖父には疑われないように、荷物を持って出て、こちらから直接自宅に帰ると言おう。母が見つかっても見つからなくても、私は明日、自宅に帰ろう、母が見つかるまでなんて目処が立たない‥。他の乗客の間で座席に座って、ぐるぐると明日の段取りを考えているうちに、電車のガタンゴトンというリズムに合わせて、私は眠りに落ちていた。


 次に目を開いたのは、最初に電車に乗った始発駅、今乗ってきた電車でいえば終着駅の、少し手前だった。もう直ぐ終点というアナウンスで目が覚めたのか、車両のスピードが緩やかになって目が覚めたのかはわからない。ぼんやり目を開きながら、朝、出発した駅に戻ってきた、と私は思った。何か連絡が来ているかもしれない、と鞄からスマートフォンを取り出してみる。着歴はない。父から、「ママ見つかった?」とメッセージが来ている。メッセージと一緒に、弟がリビングに寝転んでゲームをしている写真が届いている。家の方は平常運転だ。私は「まだ」と短く返信して、鞄にスマートフォンを戻した。


 電車は直に駅に到着し、私は他の乗客たちに紛れるように電車から降りた。改札を通ると、そこには電話で言っていた通り、祖父が迎えに来てくれていた。

「おお、キワちゃん、お疲れさま。スケッチはできた?」と祖父が尋ねてくる。私は「ただいま」と言いながら、曖昧に「参考にする写真は撮れた。」と答えた。祖父は特に構う様子もなく、機嫌の良い声で続けた。「楽しかったかね?」私は祖父の上機嫌を壊さないよう、なるべく明るく答えた。「うん、楽しかった。」祖父は満足そうに、「それは良かった。いい天気だったし、ちょうど良かったわいな。」と「良かった」という言葉を繰り返した。私は「はい、良かったです。」と小さめの声で淡々と答えた。

「おじいちゃんはどうだった?」と私は祖父に尋ねてみた。「まあ、いつもの通りだわいな。9月なのに暑くて疲れたわいな。」と、祖父は飄々と答えた。半日陸上競技の役員を務めた割に、あまり疲れを感じさせない祖父の様子に私はホッとしていた。これで祖父には変に気を使わずに、今までもそうだったけれど、お客さんとして祖父の家まで連れて帰ってもらえる。


 祖父の家に帰る途中で、スーパーに寄って、祖父と一緒に夕食や朝食に食べたいものを買った。私はお刺身が食べたいと言って、祖父もそうしようと意見が一致して、お刺身やサラダなどお惣菜を買った。デザートに種無し葡萄や、明日の朝に食べるパンやチーズも買った。

 買い物をしながら、祖父が「キワちゃんは明日はもう帰るんかいな?」と聞いてきた。隠している計画を見透かされているようで、私はドキッとした。冷静になってみれば、大人としては確認するのが当たり前だろう。動揺を隠しながら、慌てて私は、「はい。」と答えた。こちらはドキドキしていたのだけれど、祖父は「せっかく来てくれたけど、二泊三日だとあっという間だわいな。」と、私が帰るのを残念がっていた。そして冗談ともつかぬいつもの口調で、「キワちゃんもこっちの学校に言ったらどうだ?」と続けた。良かった、こちらの手の内がバレないようにと構えたけれど、要らぬ心配だった。

 

 祖父の家に着いて、少しお茶をして、いや正確には祖父がコーヒーで私がオレンジジュースだったけれど、休憩した後、祖父が熱心に背中を丸めながら自分のスマートフォンにメッセージを打ち込んでいた。これは、母にも何か送っているに違いない。慌てて私はこっそり隠れて母のスマートフォンに手を伸ばした。案の定、祖父が何やら送信し終えると、祖父からメッセージが母のスマートフォンに届いた。「みなさんお元気ですか?こちらは快晴ですよ。キワちゃん元気で出かけて帰ってきましたよ。私は陸上の競技役員がありました。」

 私は祖父に背を向けて母のスマートフォンを持って、手元が見えないように母の代わりにメッセージを打ち込んだ。「競技役員、お疲れ様でした。お天気が良くて何よりでした。キワが今日もお世話になっています。お父様、ゆっくり休んでくださいね!」少し時間を置いて、祖父のスマートフォンからメッセージを受信した音が聞こえた。無事送信。はあ、母の代わりに返事をするのも気を使うなあ、と思いながら、母のスマートフォン画面を眺めた。広告のメッセージが並ぶ中、「ピカピカ」とかいう人から、またメッセージが届いていた。「どうするか決めたら教えてね!」と来ている。何をどうするんだ?母との関係もよく分からない。そう思って、私はそのメッセージをうっかり触って既読にしないように気をつけた。

 母のスマートフォンは新しい着歴はないし、一旦鞄にしまっておこう、と思ったその時、「福井彬子」という差出人からメッセージが届いた。「トワちゃん、お久しぶり。元気?突然だけど、家出とかしてない?」と本文が少し見えた。母が家出したと知っている人がいる。心がザワザワした。落ち着かない気持ちで自分の荷物をまとめ始めてハッとした。今日バッタリあったお姉様のうちの一人、アキコさんは、フクイアキコと名乗っていた。この「福井彬子」さんなのだ、と。


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