第31話
大鳥居から厳かに本殿に続く参道を歩く。九月の三連休の中日で、参拝客で賑わっていて、一人旅の大人もそれなりにいるけれど、さすがに私みたいな中学生風情が一人で歩いているのは少ない。同世代と思しき、熱心に境内の松の木を観察して何やらノートに書き込んでいる男子や、カメラを首から下げて時々シャッターを切っている女子が、一人で歩き回っている。近くに住んでいて日常的にここの境内に足を運んでいるのか、或いは遠方からやってきたのか、私にはわからない。少なくとも同じ年頃の人が境内を一人で歩き回っていると、何となく安心できた。ゆっくり歩いていると、他の参拝客からお手洗いの場所を尋ねられたり、写真を撮りたいのでシャッターを押して欲しいと頼まれたりした。身軽な格好で来ている私も、近所の住人だと思われているのかもしれない。
辺りを見渡しながら、母らしき人物がいないか、じっくり私は目を光らせた。一人で歩いている中背の女の人。なかなかそれらしき人物はいない。いや、当たり前だ。落とし物は、誰かが拾ったり風で吹き飛ばされたりしない限り、そのままの同じ場所にあるかもしれない。人間は動く。紫水高校近くの定食屋のノートに、母が書いたであろうメッセージが書かれたのが一昨日だ。一昨日辺り、仮に母がここに来ていたとしても、当たり前だけど、そのままこの近くにいるとは限らないのだ。
ゆっくりゆっくり参道を進み、左右を見渡し、時に後ろを振り返りながら本殿に辿り着く。掃き清められた境内は厳かな空気に包まれてはいたが、私は気もそぞろだった。母らしき人は今の所、見当たらない。周りの参拝客たちに混じって、太い綱を握って横に動かし鈴を鳴らし、五円玉のお賽銭を入れた。深く二礼し柏手を打ち、心の中で願い事を思い浮かべた。勿論、五円玉にかけて、ご縁を更に引き寄せて、母が早く見つかりますように、とも。もう一度深く頭を下げた時、右隣に女の人がやってきた。横に並んで手を合わせているその背格好が母に似ていて、ドキッとして頭を上げながらこっそりその人を盗み見た。幸か不幸か、顔の方は細面で全然似ていなくて、全くの別人だった。
さあ、いよいよ絵馬奉納のお時間だ。高まる期待に、私は胸を躍らせて御守所に向かった。絵馬と一緒に、少しウキウキしながら並んでいる御守りをじっくり眺めた。随分欲張りなお守りだなと思いながら、自分のためにカード型の諸願成就守、それから友人のマホちゃんと部活仲間のリョウに渡そうと、幸せの鈴を一つずつ、干支の絵馬と一緒に授与してもらった。お会計には、祖父から貰った五千円札を使わせてもらった。近くに絵馬記入所が置いてあって、絵馬に欲張りかなと思いながら、カード型御守に書いてあるように「諸願成就」と書いた。ただ、自分でも何を自分が願っているのか正直分からない。今なら母が早く見つけて捕まえて家に帰りたいとは思う。他には可愛い文房具を買いに行きたいなとか、漫画の続きを早く読みたいなとか、推しのキャラクターグッズをお店に見に行きたいとか、そんな思いはあるけど、どれしも、お店に行けばお店に売っているものならばお小遣いの範囲で買えるだろうし、漫画だって発売日になれば、作家さんに何か起きたり、大災害が起きて流通網がズダズダにならない限り、読めるだろう。今のクラスになってからは、早く新学年になってクラス替えして、ウザい女子やうるさい男子と別のクラスになりたいとも思うけれど、彼らとまた同じクラスになる可能性だってあるし、新しく別の嫌なやつと同じクラスになってしまうかもしれない。担任だって、今はまあまあ御し易いけど、ハズレの先生になるかもしれない。好きな男子、といっても、醒めているのか、両思いになったところで、どうせ続かないでしょ、と思ってしまう。将来は、漠然としていて、曖昧模糊としている。進学してみたいと思う高校さえ、漠然としている。かといって、来年、中学3年生で自分が就職活動できるとも思えない。
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