第30話
まずは、母が納めたと思しき絵馬を見に行こう。お土産のご当地グッズを見るのは後でいいや。そう決めると、私はその場でアキコさんとタマキさんに挨拶した。「今日は色々ありがとうございました。私もお参りして来ます。」我ながら、頑張ってお礼を伝えたつもりだ。周りにはお土産を選んでいる観光客達が談笑しながら店内を歩き回っていて、少しザワザワしていた。
「あ、そうする?分かった、気をつけてね。お母さんにもよろしくね。」アキコさんが案外あっさりと、サラッと髪を靡かせながらこちらを向いて言った。タマキさんもふわふわした声で言った。「じゃあ、またね。気をつけて。トワちゃんにもアシノさんにもよろしくお伝えください。」後で振り返れば、その時、アキコさんの目が悪戯っぽく光った気がする。
はい、と小さくうなづいてから会釈して、私はお土産物屋さんから出た。はあ。あのお姉様方は、想定を遥かに越えてグイグイとこちらの懐に入って来て、引っ掻き回された。話しているだけでかなり疲れたけれど、手がかりは沢山くれた。その意味では、バッタリ2回も会えて良かったのだろう。まさに奇遇としか言いようがない。
お店を出た私は、もしかして母も歩いていないかと、ゆっくり右と左を見回しながら他の参拝客の間を縫って、参道を大鳥居に向けて歩いた。今頃気がついたのだが、肝心の母が失踪した木曜日に何を着ていたのか、分からない。朝、私が学校に行った時はまだ部屋着だった。その後、家から出て行った時は着替えていたはずだ。ただ、季節は九月とはいえ残暑厳しい。今歩いていても汗が少しずつ滲んでくる。この暑い中、四日間着替えずに母は過ごすだろうか。どこかで衣類を調達して、着替えているのではないだろうか。着替えているなら、そもそも出かけた時の服を知っていても、あまり意味がないか、と少し納得して、胸を撫で下ろした。母は大体、普段からアースカラーの服を着ていた。いわゆる、汚れが目立ちにくい色だ。ほほ毎日、アースカラー系の色のチェックのシャツに、カーキ色やベージュ色のチノバンを合わせていた。
服よりも、鞄の方が目印になるか、と思いついたけれど、鞄もどれを持って出たのかは分からない。派手な緑のバッグを一時期愛用していたけれど、最近は使っていない。四日前の母が郵便局に行って、お金を払い込もうとして、もしもその時に突然出かけることを思い立ったのなら、手軽で小ぶりなトートバッグしか持って出ていないかもしれない。普段母が、紺色や、生成りのトートバッグを使っていることを思えば、これまた遠くからも分かりやすい目印にはなりそうにもなかった。
そんなことを考えながら、辺りを見回しゆっくり参道沿いに歩いていると、いつの間にか大鳥居のところに来ていた。母の普段の格好と同じような全身アースカラーの人物は二、三人見かけたけれど、団体旅行でワイワイ歩いていたり、友人と談笑していたりで、母だと断定できる人影はなかった。私は一礼すると、大鳥居をくぐった。本殿を参拝したら、絵馬を納めに行くぞ、と心に誓って。
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