第29話

 数分間土産物店のお店の奥で息を潜めていたけれど、奥の方には好みの雑貨がなく、じっと眺めているのも見飽きたところだった。表の方に陳列してある、ご当地グッズを吟味するために動きたいところだったが、入り口付近にお姉様方がいて土産物を吟味していて、私は動けない。どうしよう、と体を少しだけ入り口に向けて様子を伺いながら息を潜めていると、入り口付近の二人のうち、アキコさんが私に気がついた。

「あれ、キワちゃん、キワちゃんじゃない?」

 にこやかに、胸の前の位置に軽く挙げた右手を小さく振りながら、アキコさんは私の方に数歩ずつゆったりと近付いてきた。

 これはもう、相見あいまみえるしかない。私は覚悟を決めた。ここで初めて気が付いたことにする。いつもの無愛想な感じになってしまったけれど、私は挨拶のために「あ、こんにちは。」と、声を出し、小さく会釈した。

「突然、電車から降りて行ったから心配したけど、大丈夫みたいで良かった〜。結局、こっちにも来たんだ!」アキコさんが笑顔のまま、穏やかな口調で言った。もしかしてアキコさん、私が急にお腹が痛くなって、電車から降りたとでも思ってくれていたんだろうか。私は小さい声で言い訳した。正々堂々言えばいいことだけど。「ちょっと寄りたいところがあって。すみません。」

 アキコさんに引っ付くように、タマキさんも近寄ってきた。タマキさんは少々にやけたような笑みを浮かべ、「キワちゃん、また会ったね〜。一緒にこっちまで来てたら、ランチくらいご馳走したのに〜。」と言った。いや、それはいい。途中下車したおかげで、一人でゆっくりお昼ご飯を食べられたし、何より、母がこっちにやって来た証拠に出会えた。それでも、一応、「ありがとうございます。」とだけは私も社交辞令で口にした。表情は固かったと思う。

 無表情な私にお構いなく、アキコさんが麗しい声を出した。

「そういえば、別人かもしれないけど、神社の境内の絵馬で、キワちゃんのお母さんみたいな人が書いたのが納めてあったな。最近、キワちゃんのお母さん、こっち来たりしてる?」

 ええええ、何だって?母が納めたと思しき絵馬?先程も定食屋さんで母の書いたと思われるノートのメッセージがあって、また母の足跡があるかもしれないのか。いや、ごく自然なことかもしれない。ここは紫水高校から結構近い。肝心の母の行方はまだ掴めず、アキコさんたちにここでまた出くわしたのは誤算としても、母の足取りを辿るという意味では、私の今日の行程はあながち的外れではなかった訳だ。

 勿論、そんな内心をアキコさんたちに知られてはならない。私は極力抑えた声で固い表情のまま、「いえ、来てないと思いますけど。」と答えた。

「あ、そうなんだ〜。十和子って書いてある絵馬が目に入ったから。なんか字が似てる気がしたし。人違いだったらごめんね!」アキコさんは明るく言った。

「あ、はい。年に1回くらい、おじいちゃんち来た時に、こっちにも来てるんで。」

私は誤魔化すように曖昧に答えた。でも、正直に言うと、母が絵馬を納めているところは今まで物心ついてから見たことはなかった。どこの神社であろうと、せいぜい、社務所でお守りを頂いて帰るくらいだ。私も、絵馬を見に行かなきゃ。それにしても母は今、どこにいるのだろう。まだこの辺りをうろうろしているのだろうか。

 

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