第27話
母にと貰ったベースボールキャップを鞄に入れて、私はもと来た道を戻ろうとしていた。九月というのに日差しが後ろから照りつけ、進む方向に濃い影が出来ている。お腹も満ちた私は、先ほどはタマキさんとアキコさんから逃げるように電車を降りたけれど、また一駅分、電車に乗って、2人のお姉様方に誘われたように、神社にお参りしようという気分になっていた。
駅まで戻る道すがら、紫水高校の正門付近を通ると、また新しい観光客と思しき家族連れが、記念撮影をしている。私も今度は正門の写真を撮っておいた。一枚は正門だけ、もう一枚は貰ったばかりの新品のベースボールキャップを、ビニール袋から出して門柱の上に乗せて大写しで。写真をスマートフォンで父に送ると、早速反応があって「おゝ」と言って来た。それと共に、弟が寝転んでゲームをしている写真も送られてきた。家の方は、平常運転みたいだ。
紫水高校の正門で、ロゴ入りキャップを持って鞄に仕舞おうとしていると、観光に来た様子の女の人二人組から声をかけられた。二十代前半くらいだろうか。「あのお、その帽子、どこで手に入れられましたか?」二人は紫水高校の白地に濃紫のロゴが入っているタオルを持っていた。甲子園球場の公式グッズだな、と私は思った。同じクラスの、声が大きくてうるさいだけの野球部のあいつも、別の高校名のロゴが濃紺で書いてあるタオルを、これみよがしに学校に持って来ていた。甲子園で買ったとか言って。この二人も、あいつと同じように、現地まで試合観戦に行ったのだろう。
紫水高校のロゴ入りタオルを眺めてそんなことを思い起こしていると、その二人が真剣な目をして、こちらの答えを待っていた。たまたまお昼を食べた店で手に入れた帽子なのだ。母に付き合って、紫水高校の試合中継を多少見て、点が入る時にちょっと拍手したりはしたけれど、私自身は高校野球のファンでもなんでもない。少し申し訳ないような気持ちになって「卒業生の方から貰いました。」と私は曖昧に答えた。二人は「そうか〜、やっぱり売っていないんだ〜。」と残念そうな声を出した後、と声の調子を明るく変えて、「あ、写真を撮ってもらっていいですか?」とスマートフォンをカバンから出した。正門を背にポーズをとる二人の写真を何枚か私は撮って、二人に確認してもらった。写りに満足したようで、二人は「ありがとうございます!」と爽やかに礼を言うと、来た道を戻っていった。
私も駅に戻ろう、と歩き始めた時、鞄の中がブルブルと揺れて、スマートフォンがメッセージを受信したような気配があった。私のスマートフォンを見たけれど、アプリの更新通知だけだった。念の為、母のスマートフォンの画面を確認した。
母のスマートフォン画面に出てきたのは、知らない母の友人か知人からのメッセージだった。
「トワちゃんお疲れ〜。頼まれた件、了解です〜。作っておくね〜。」
え、何これ。母が「ピカピカ」とかいう友人か知人から受け取ったメッセージに、私はドキッとした。母が何やらピカピカ氏に頼んだらしい。四日前から母のスマートフォンは家に置きっぱなしだから、少なくとも母が何か頼んだのは四日以上前のことだ。母が今回の出奔に絡んで、ピカピカ氏に悪事を頼んでないかと、私は身体中から冷や汗が出そうになった。その返事が今来ているけれど、母はピカピカ氏の返事を見ないまま、どこかをうろうろしている。
既読にして、適当に無難な返信をしようかと迷ったけれど、良からぬことを頼んで犯罪の片棒をかつぐのは真平だった。勿論、母のスマートフォンのパスワードを知っているから、母が何を頼んだか送信履歴を見ることはできる。でも、何やら訳がわからないことには一切関わりたくなかった。既読にもしないようにして、私はそっと母のスマートフォンをそっと鞄に戻した。
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