B side summer : 4
そして、高校生1年生の時の、とある新卒の先生の顔が思い浮かんだ。この前大学を出たばかりで、トワコたちとの距離は割と近かった。高校生にしてみれば、大人だけれども、少し年上のお姉さんという雰囲気もあって、話もしやすい。その先生は、トワコたちのクラスの現代社会の先生だった。授業の前後や、休み時間に先生を数人で取り囲んで。雑談をするのが生徒たちは楽しみだった。
夏の日、県大会で野球部が優勝した。夏の甲子園大会の組み合わせ抽選も終わっていなかったけれど、寄付のお願いや、現地での応援希望の有無などのアンケートが回ってきた。補修授業で登校していたトワコは、学校の熱狂を醒めた目で見ていた。応援なんかする訳ない。どうして野球部だけ特別扱い?どうして丸刈り軍団の応援をしなきゃいけないの?朝練してるのかもしれないけれど、クラスの野球部メンバー、授業中爆睡してるじゃない?そもそも、野球なんて興味ないし。私の夏休みを奪わないで。
大多数の生徒が甲子園球場まで応援に行くとアンケートに答え、応援練習に参加する中、トワコは現地応援は希望しなかった。「トワちゃん、行かないの?」と何度も聞かれたけれど、「行かない」と毎回即答した。同じクラスから応援に参加しなかったのは、トワコと男子もう一人くらいだったと思う。
補習授業の最終日、トワコが廊下を歩いていると、現代社会の先生が向こうからやって来た。「お疲れ様、今から応援練習?」トワコは立ち止まって先生を睨み返した。「いえ。帰ります。」
先生は一旦キョトンとした顔をした。その時、校舎の上の方の音楽室から、トランペットの高音が抜けるように鮮やかに聞こえていた。吹奏楽部の練習だ。先生は聞こえてきた音を受けて、口にした。「みんな頑張ってるね。」
「みんなって誰ですか。」トワコは不機嫌そうに答えた。早く帰りたかった。先生は戸惑った表情を浮かべてから、静かな声で控えめに答えた。「全校のみんな。あなたも、野球部も、応援団も、吹奏楽部も、そしてみんな。」
「みんなが頑張っている」なんて、トワコは真っ平だった。私は「みんな」じゃない。「みんな」なんていう、全体主義めいた言葉は大嫌いだ。大体、先生が勝手にトワコも野球部の応援練習に参加すると見做す発言をするのが気に食わなかった。ここまで散々、周囲に甲子園球場まで応援に「行かないの?」と聞かれて、腹立たしい思いでいっぱいだった。
「私、甲子園に応援行きません。感動の押し売りとか私は大ッ嫌いです。遠慮させて頂きます。先生は、弟さんがすごい選手なんですよね。先生は弟さんを応援しに行かれたらいいんじゃないですか。」
そう言って、トワコはその場を立ち去った。先生が何か言葉を返してくれたのかも覚えていない。振り返らなかったので、先生の表情も見ていない。
そのかつての新任の先生こそが、今、紫水高校の校長先生になっている。
紫水高校卒業生の友人から送られてきた、「紫水高校甲子園出場後援会 募金のお願い」の末尾に書かれていた名前を見て、夏の日の廊下での古い記憶がトワコの脳裏に呼び戻された。
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