第23話

 こじんまりとした駅の改札を出て、線路沿いを暫く歩いた後、左に曲がり、畑と家並の間を歩く。9月になったとはいえ、日差しは夏の強さを残したままで、時折立ち止まりながら、私は汗を拭い、お茶を飲んだ。道端では、メヒシバが広がり、エノコログサが時に吹くそよ風に合わせて揺れていた。今頃、タマキさんとアキコさんは神社でお参りしていることだろう。

 道なりに歩くと、巨大なフェンスに突き当たった。フェンスの向こうは、目的地の紫水高校のグラウンドだった。


 その辺りのフェンスに、母が張り付いて中を覗いているのではないか、と私は心臓がドクンドクンと鼓動が早くなっているのを感じた。幸か不幸か、連休中日の日曜、フェンス横を通る人はまばらで、フェンスの向こうのグラウンドで練習しているのは、サッカー部のようだった。時折、タクシーや乗用車が停まり、中から出て来た人たちがフェンス越しに辺りの写真を撮っていた。観光客だろうか。その度に私は母のような風貌の人物がいないか、必死で目を凝らしたが、それらしき人物はいなかった。フェンスに沿って、グラウンドをぐるっと回ってみる。部活帰りと思しきジャージ姿の高校生が数人ずつ通りすぎる。こちら側にも母はいない。こっそり、フェンスの隙間から中を覗くが、グラウンドには赤い揃いのユニフォームを着ている運動部員しかいなかった。

 グラウンドの横を過ぎると、校舎に続く緩やかな坂があった。家族連れが、白いマイカーを停めて降りてくるのが見えた。白い車と、降りてくる家族の顔が陽光の下にキラキラと眩く見えた。両親と小学生くらいの男の子と女の子。嬉しそうに校舎を背景に記念写真を撮っている。家族の時間を楽しんでいる一家が、私は少し、羨ましかった。

 母が入り込んでいないだろうかと、私は敷地の方を見やったが、道路からは明らかな人影は見えなかった。もう少し敷地の中の校舎に近づこうと思ったけれど、入り口近くに「許可なく敷地内への立ち入りを禁ず」と立て看板があるのに私は気づいた。母なら、お構いなく敷地の中に入るかもしれないけれど、これは敷地内に入らない方がいい。私は何の許可も得ていないから。

 緩い坂道を少し引き返し、敷地の周りをぐるっと回ってみよう、と思った時、私が元来た道から女の人の二人連れがやってくるのが見えた。出立(いでたち)が違うのだけれど、私は一瞬身構えた。さっき別れたばかりのタマキさんとアキコさんがやってきたと思ったのだ。違うことはすぐ分かった。先ほど、タマキさんは薄浅葱色を、アキコさんは紺色の服を、それぞれ纏っていた。この二人は白系のTシャツにそれぞれカーキ色のチノパンと、デニムを合わせていた。大学生だろうか。二人は談笑しながら、こちらにやって来て、私に声をかけた。

「あの〜、紫水高校の生徒さんですか?」

「いえ、違います」と私は冴えない顔をしたまま答えた。たまたま私は今ここにいるだけ。大体、中学生だし。

「あ、そうなんですね〜。あの、写真撮って貰っていいですか?」二人は屈託無い笑顔で自分たちのスマートフォンを見せて、カメラ機能について説明すると、校舎を背に自分たちが入るように写真を撮って欲しいと私に頼んできた。

「はい、いいですよ。」と私はカメラマンの役を引き受けて、二人にそれぞれ2枚ずつ写真を撮り、その場で写り具合を確認して貰った。

「ありがとうございます〜。」と言うと、二人は弾ける笑顔で引き返していった。

そうこうしていると、先ほどとはまた別の自動車が少し離れたところに停まり、家族連れと思しき人たちが降りてきた。私より少し年上の男子と女子、そして両親だろうか。こちらも校舎を眺めるとグラウンドと校舎を背に、写真を撮り始めた。

 結構、紫水高校を見に来ている人がいるんだな、と思いながら、私は学校の敷地の周りをゆっくりと一回りした。


 

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