第22話
父に半ば呆れながら私は返信した。「ガチでハマってるよ。」
「知らなかった。最近、家に帰ってなかったから。ママのSNS見てびっくりした。」と父。
「どしたの?」と素知らぬふりして私は尋ねた。母は目の前で毎日ニコニコSNS投稿していたし、知らない誰かと楽しそうにSNSで紫水高校の話をやり取りしていた。動画も毎日、うるさい位に再生している。この前、一緒に本屋に行った時も、私が漫画買う横で、高校野球の雑誌を嬉しそうに買っていた。
「毎日、紫水高校とか、甲子園とかSNSに投稿してるから。」と返信があった。ふーん、今更か。あんたたち、SNSの相互フォローしてないのかよ、と突っ込みながら、「この前、紫水高校甲子園出場後援会の寄付金の払込用紙見せたよね。」と、私は父に返した。振込取扱票を見ながら、「甲子園出場後援会」と父が声に出して読み上げたのも、振込先の高校の校長先生の名前を実在するか検索していたのも、私はきちんと覚えている。
「単に高校に寄付してるんだと思った。」と、父はおめでたくも返してきた。
父も、母が振込取扱票に書き込んだ寄付金の額は見たはずだ。一千万円を、母が卒業もしていない、子どもも通っていない、何かで被害を受けた訳でもない、そんな高校の備品か教育充実のためにポンと寄付すると思ったか。確かにそれはカッコいいけれども、そんなに母は資産家か?
そして、多分、娘に聞きにくいことだと思うのだが、父はメッセージで私にこう尋ねた。
「ママ、監督に夢中になってない?」
確かに、監督は選手と同じように爽やかで、メディアに多く取り上げられているようだった。私は即答した。「軽いファンかもだけど、好きとかはないと思うよ。保護者同士じゃん。」
「そうかー。」やや安堵した調子の返事が返ってきた。「誰か推しがいるの?」
ふーん。そこは気になるのか。SNSには選手の動画と並んで、爽やかという枕詞とともに監督の動画も飛び交っていた。私が動画を見ようとした時、なぜかホーム画面でおススメ動画で出てきたくらい、一時期再生回数が多かった。今時の理想の上司、と褒め称える記事も沢山あったらしい。母が言うには、紫水高校野球部の監督は、今回の出場校のチームの監督の中で、多分、一番メディアに写真が載っていて、監督イケメン部門という高校野球ファン投票があれば、間違いなく一位になる方だそうだ。
だけど、だ。これは監督ご本人と全く関係ないことだが、監督氏は、弟の担任の先生に似ているのだ。弟も写真を見て「先生に似てる!」と即答した。見た目は爽やかな弟の担任だが、とにかく厳しい。休み時間に外遊びをして戻るのが遅れると、一分遅れると一分、二分遅れると二分、遅れただけ、廊下に立たされる。下手すると、延長線で居残りもある。そして、指導は厳しいけれど、お子さんのために帰宅は定時ダッシュだ。保護者は保護者なのだ。監督氏も、生徒に親目線で指導しているらしい。弟の担任まで混ぜこぜにした、変な理屈かもしれないけれど、母から見れば完全に保護者同士だってば。
一呼吸置いてから私は父に返した。「誰とかじゃなくて、チーム全体、満遍なくチェックしてるよ。」
そう、母が熱心に見ているのは、監督が映っていない訳ではないけれど、主に選手たちの動画である。飽きるまで夏の動画を見続けて、次は世代交代した秋の試合動画を見るのだろうか?これからオフシーズンになったらどうするのだろう。今度は駅伝シーズンとか言い始めて駅伝の動画を繰り返し見始めるのだろうか。
大体ですよ、私は思った。私が14歳、高校三年生で誕生日を過ぎた選手は18歳かもしれないけれど、高校一年生で誕生日がまだ来ていない選手は15歳だ。私とほとんど変わらない年齢だ。保護者のくせに、キモいったらありゃしない。
そういえば、私が中学に入る頃から、どう見ても母、10代前半のフリをするのは厳しいと思うけれど、学生証を私から奪って使うとか、私が休むと言えば、私に成り代わって学校で給食を食べに行きたいとか、冗談めかして言ってた、と思い出された。夜間中学に通うなら、年齢は関係ないのだけれど。
母は自称、地球と同じ46億歳らしい。46億歳ならば、ジュラ期も氷河期も知っているはず。平安京に戻っても、戦国時代に戻っても、誰も止めはしない。何故ピンポイントで中学校や高校に戻ろうとするのか。母に対する不満が心の中で渦巻き始めた時、念押しするように父からメッセージが来た。「早くママが無事に見つかることを祈る!ケイは見ておくからよろしく。」
「ほ〜い。」私は短く返信して、歩き始めた。
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