第21話

 眩い光の中で駅のホームに電車から降り立った私は、一旦駅のベンチに腰を下ろした。空は青く、ベンチの待合室で屋根の下の日陰は丁度心地よかった。

 紫水高校に行くぞ。母を捕まえるぞ。私は決意新たに、一旦ペットボトルのお茶を飲んで、乾いた喉を潤した。電車の中で、私自身はさほど発言していなかったけれど、喉の渇き具合から、お姉様たちを前に緊張していたことを痛感した。

 一息ついてから、鞄からスマートフォンを取り出した。母の母校、東雲高校が甲子園に出てたなんて。「東雲高校 甲子園」でインターネットを検索すると、確かに、出場歴がある。当時のエースは青山俊平。ちょっと甘めの風貌の爽やか青年だ。誰かがSNSにアップしている当時の古い新聞記事があって、選手たちがベンチで談笑する写真に加え、応援団長インタビューというのもあった。応援団長は生徒会長もやっていて、小川君と書いてある。写真の顔はあんまり似ていないけど、先ほど聞いた話の流れからすると、これがきっと、タマキさんのお兄さんなのだろう。噂のナカハラ先輩のご尊顔も拝みたいところだが、特段活躍した訳でもなさそうで、残念ながら見当たらなかった。

 次に、紫水高校のナカハラ選手を検索してみる。

 当然というべきか、いい感じに日焼けした爽やかな高校球児である。試合でも大活躍したのだろう、ネットのあちこちに試合中のお姿を捉えた写真が乗っている。走る、投げる、飛ぶ、全ての身体能力においてスポーツ万能といった感じだ。うむ。あくまで個人的な見解だが、恐らく例のナカハラ先輩とは似ていないと私は結論づけた。こんな爽やか青年は、追っかけの女子がいたところで、きっと神対応する筈である。女子間の競合者も多いはずで、母みたいな、娘から見ても女子力が低い部類の人間が、ネチネチと付きまとう隙はないと思われた。いや、女子力どころか、人間的総合力と言ってしまってもいいのかもしれない。どっしりと円形に年輪を重ねた大樹というより、風雪にらされ、途中枝が折れたり、一部が腐ったりしながら、折れたところからまた若葉が出てきたりして、なんとか根を張っている木、という方が合っている気がする。だからこそ母が私にとって組みしやすいのは確かだ。大体、ナカハラ選手については、母が‥高校生だと仮定しようと或いは少し小マシに成長した筈の今の中身があろうと‥追っかけるにしては、正直に言うと、スペックが高すぎる気がした。それは多分、他の出場選手にしても同様である。


 画像情報を確認したところで、母のスマートフォン画面を見る。広告の通知ばっかりだ。電話の着歴はない。いやいや、危ない、広告に埋もれて見落としかけていた。母の父、母方祖父からメッセージが来てる。それも、今朝のだ。

「キワちゃん、元気でやってますよ。今日もスケッチするといって出かけました。そちらの皆さんはいかがですか。良い週末を。」

 うわ、これは返事しておかないと。私は母モードになって返信した。「昨日からキワが大変お世話になっております。こちらは変わりありません。どうぞよろしくお願いします。」

 それから改めて自分のスマートフォンのメッセージを確認した。学年グループのメッセージは相変わらずスタンプと「今起きた」とか、そんな雑談ばっかり。苦手女子から「今日空いてる?」とメッセージが入っているけれど、これは迷わず「ごめん、今日は親のことで取り込み中〜」と返した。

 確認している最中、父からメッセージが入った。「どう?大丈夫?ママ見つかりそう?」「大丈夫、まだ見つけてない。ママの友達に会った。ケイは?」「ケイは無事。気をつけて」「ありがとう」

 母の友達から仕入れた沢山の昔話は、説明するのも面倒なので私の中にしまっておいた。弟の名前と同じ選手が、甲子園にも出た紫水高校野球部にいるよ、くらいは父と弟に伝えてもいいかもしれないけれど、そもそも二人が興味を持つともあまり思えなかった。名前の由来は、父方祖父から貰った「啓」の字と、第31代内閣総理大臣、二・二六事件で襲撃されるも奇跡的に難を逃れた、岡田啓介で十分である。


 さて、母の行方は今のところ杳(よう)として知れない。それらしい手がかりも、全く感じられなかった。とりあえず、最寄り駅まで来た。紫水高校に行ってみよう。


 駅のホームのベンチから腰を上げて歩き出そうとしたその時、少し間を置いて父からまたメッセージが来た。

「ママ、最近、紫水高校野球部にハマってない?」

 父よ、今更聞いてくる?一昨日、母を探しに行くって言った時、紫水高校甲子園出場後援会の寄付金の払込取扱票見せたよね?見てたよね、振込先の宛先。


 



 

 

 

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