B side summer:2

 話は1ヶ月ほど前に遡る。何気なくテレビのニュースを眺めていると、通称、夏の甲子園こと、全国高校野球選手権大会の出場校が出揃ったと報道していた。何気なくテレビの画面を見ていたトワコだったが、一応、代表校を確認しよう、と目を凝らした。

 「30年ぶり9回目の甲子園出場、今回の出場校で最長ブランク」

 ん?友人の母校である。トワコは早速友人にメールした。昔、お互い時間がある程度自由に使えた頃は、時々一緒に休日に映画を見に行ったり、お寺参りをしたり、揃って食事会に参加したものだ。今は二人とも別々の土地で、別々の生活をしている。最後に会ったのは15年ほど前だ。時が経つのは早い。友人は「前回出場から、もう30年も経ちましたか」と返事をくれた。

 それから数日して組み合わせ抽選会があった。初戦は全国有数の激戦区を勝ち上がり、夏の甲子園出場回数が、激戦区の県内で最多の強豪校である。組み合わせ抽選の報道を見て、「自分たちらしい野球をしてほしいね」とトワコは友人にメールした。友人からも「のびのびと楽しんでほしいね〜」と返事が来た。


 大会が開幕すると、友人の母校はあれよあれよと勝ち上がり、と言っても、相手のエース投手攻略、逆転劇、延長戦と、それぞれに痺れるような試合運びで、旋風を巻き起こした。それまで野球の「や」の字もかじることがなかったトワコも、にわかファンとなった。そして、今までスコアボードの得点は、ニュースで結果が報道されるような、整数の得点しか存在しないかのように感じていたトワコだが、スコアボードの0が1にになるまでの間には、無限に連続する線のような数、或いは無数の、と言っていいのか分からないが、少なくとも小数点以下のような、細かい多くの値が存在していることを改めて知った。日頃、パソコンやスマホのデジタル機器で入力ばかりするようになって、忘れていた数の神秘、或いは物事というものは、デジタルではなく、アナログで繋がっていることに対して、トワコは妙に感銘を受けた。例えば、「0対1」は文字通り、0点と1点にしか見えていなかったトワコだが、1点の得点のためには、1塁、2塁、3塁とステップを踏む。普段から野球に親しんている人たちにとっては当たり前のことが、とても新鮮だった。仕事に行って家に帰る。間にあるのは食料品と必需品の補充のための買い物。十数年続けてきた保育園や学童保育への送り迎えは、ようやく卒業し、移動は四角形から三角形に変わったけれど、いかに時間短縮を図るかが課題のトワコの生活の中で、色々な事柄が、グラデーションを重ねるように移ろいいくのではなく、0か1、或いは有るか無いか、パソコンのキーを叩いて入力するか削除するか、そういった二項対立の黒と白みたいな世界になっていたのだ。

 その新鮮な感動を、「一点は一点にして、一点にあらず。一点は無数の努力を重ねて、初めて一点になる。人生の他事に通ず。」とトワコは格言のようにまとめ上げ、家族や友人に繰り返し発信した。試合運びについて理解を深めるべく、試合の合間に野球解説動画を見て予習をした。その上で、テレビの試合中継を見ては、「行け〜打て〜」「行け〜捕れ〜」と声を張り上げ、ファインプレーに手が痛くなるくらい手を叩き、熱く応援し始めた。何より、個々の選手たちの細かい技術力と、その技術を最大限連携して活かす組織力が素晴らしかった。

 第4試合で友人の母校の快進撃は終止符を打ったが、インターネット上の高校野球ファンの投票で、伝説の試合展開、チームの組織力、感情豊かな選手たち、と、ベストチーム賞で約7割の得票で1位、同じくエース賞でも1位、応援賞でも1位となり、全国のファンの心を鷲掴みにした。地元も大きく盛り上がり、試合ごとに大応援団が駆けつけ、何度も地元のメディアでは特集が組まれた。今年の盛夏を大きく彩ったと言っても過言ではないだろう。

 全国の高校野球ファンと、トワコのような、にわかファンに、「目標を設定して努力すれば目標を達成できる」「エラーは皆でカバーする」「エラーをしても、その後いかに対応するかが重要」と試合を通し、文字通り示してくれた選手と監督が、生きる勇気と感動を与えたのは間違いない。


 さて、肝心のトワコである。感動と生きる勇気で満たされたところで止めておけば良かったのだが、大会が閉幕した後も、興奮冷めやらぬトワコは、熱に浮かされたように連日試合の動画を見直し、ネットのニュースやファンが投稿する長短の動画を検索した。当然というべきか、元々散らかっていた家の中は、益々雑然として、足の踏み場が少なくなった。そんなことはお構いなく、トワコは全国のファンと感動を共有すべく、ニュースと動画のコメント欄まで熱心に逐一チェックしていた。コメントに一喜一憂し、夜は大音量で動画を見ながら寝落ちしているものだから、中学生の娘は「うるさい」「動画のコメント欄は、クソなコメントばっかりだから見るな」と冷めた目でトワコを見ていた。

 更に、である。コメント内容に問題がある、誹謗中傷だ、とトワコが何度か感じた後に、「学校に相談する方がいいかなあ?」などと真剣に友人にお伺いを立てるまでになった。友人は呆れながら、「学校も対応しているよ。デマは消されるし、著作権関係で厳密に動画の削除はされるし。」と冷静に一般論を述べた。確かに、トワコがもう一度確認しようとすると、おかしな動画やコメントは、いつの間にか削除されていた。そして、熱量の方向を変えようという配慮の元(と、勝手にトワコは解釈していた)、「まだ一般からも寄付募ってるよ」と、卒業生宛に甲子園出場後援会から送られた「募金のお願い」が、友人からトワコ宛にFAXで送られてきたのであった。

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