第16話
そういや、母の先輩待ち伏せ大作戦。私が保育園に通っていた時も、遠足や園からのお出かけの時、なぜか母は通り道をウロウロして、偶然を装って声かけてきていた。気になれば見に行く。突撃する。昔も今も変わらない。
水面を左手にピンクの電車はリズミカルな音を立てて進んでいる。時刻表によれば、目的地まではまだ五十分弱かかりそうだった。会話の合間に、カバンの中のスマホ画面を見たけれど、ニュース通知と広告以外の新しい情報はなさそうだった。次に母のスマホ画面も盗み見たけれど、やはり同様だった。
ひとしきり盛り上がって、タマキさんは少しトーンダウンして、話題を変えた。
「キワちゃんは将来はどうしたいの?」
うーん。漠然としか先のことを考えていない私は口篭った。
「文系?理系?」アキコさんも訊いて来た。
数学はなんとなく苦手で、好きなのが社会だ。「文系、です。」
「そっか〜。どんなことに関心あるの?」アキコさんが続けた。
「本、関係です。」
「あ、そうなんだ。本屋さんとか、出版とか?」アキコさんが漆黒の切れ長の瞳をこちらに向けて尋ねた。
「はい、そんな感じです。」と私は曖昧に答えた。自分がものすごく本が好きか、というと、本屋さんは好きだし、毎週必ず1回は行っている気がするけれど、ものすごく読書家かというと、そうではない。買う本で言えば、大体漫画が5、6割、ライトノベルが3割、その他が1、2割というところだ。数年前まで、母が私へのプレゼントに本ばかり選んでいた。学習図鑑全集とか、歴史漫画全集とか、少年少女世界文学全集とか、或いは母が昔好きだった児童文学作品の中から装丁の綺麗な本を組み合わせて数冊とか。こちらの好みも考えずに勝手にプレゼントを選ぶ母に腹が立って、「本が欲しいなんて言ってない。」「今年も本なんて最悪。」と不満を言い続けたら、母も諦めて私に本を選ぶのは止めた。貰った中で、歴史漫画は読んだ。他の本は、腹が立ったついでに、一切触れてもいないし、読んでもいない。それでも、親戚のおばさんから、毎年クリスマスに図書カードが送ってくるのはとても嬉しかった。
アキコさんがちょっとしみじみと言った。「タマちゃんも私も、今、いわゆる文系だけど、生きるのに文系とか理系って関係ないんだよね。」タマキさんは特に何も言わなかったけれど、否定もしなかった。学校でいう文系も理系も、結局はどちらに行こうと関係ないって、折々母も同じことを言ってるな、と思った。言葉を使って、筋道立てて考えたり、物事を伝えたり、何かを理解する力は、何をしていたとしても、生きていくために大切だって。
ただ、母自身が言葉を大事にして何かを伝えようとしているのか、というと、私にはそうは思えなかった。言葉の選び方も、伝え方も、口調も。全てが言行不一致だ。
車窓の外の青く光る水面に、水鳥達が浮かんでいる。どこから来て、何を思ってここに棲んでいるのだろう。母も、この水鳥達を観たのだろうか。
「そういえば、ビンタ事件ってあったでしょ?」タマキさんがふわふわした声で言った。
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