第14話

 いつまで母の同級生のお姉様方とご一緒するのか、と思いながら、ふと視線を上げると、座席の向かい側の窓上に、ピンクの車内に対抗するかのような紫色の広告がデカデカと貼ってあるのが目に入った。

「紫水高校野球部 甲子園出場おめでとう 感動をありがとう」

 うわっ、私は思わず目を背けたくなった。手前にも同じ紫の中吊り広告が下がっている。まさか、と思って左右を見ると、ドア上にも「紫水高校野球部 感動をありがとう」と、紫色のポスターがデカデカと貼ってあるではないか。真っピンクの車内に溢れかえる真紫の広告に、目がチカチカした。母もいい加減、毎日動画見てハマりまくり、挙句、興味がないというのに、私の目の前にノートパソコンのモニター全画面表示にした動画を持ってきては、「ねえ、見て見て。」と、母が言うところのお宝映像を、半ば強制的に私にも見せようとしていた。しかし、ピンク電車に真紫の広告を貼れるだけ貼り、吊るせるだけ吊るす地元の熱狂たるや、相当なものだ。正直、私は目のやり場に困った。

 いや、事態はもっと深刻だぞ、ハタと私は気がついた。真っピンクと真紫の車内コントラストに圧倒されている場合ではないのだ。これだけ紫水高校の文字が貼ってあると言うことは、タマキさんとアキコさんの目にも、入ってしまう。一週間前にタマキさんと母がランチをした時には、紫水高校を始め、高校野球の話題は一切出てこなかった。高校の話題は出て来たけれど、出前授業で行った高校の生徒たちがお利口だったとか、最近、昔の高校のクラスメートが娘を連れて職場を訪ねて来たとか、タマキさんの近況を彩る話だった。タマキさんのふわふわとした声のように、浮世そのものには興味がなさそうだと私は踏んだ。しかし、艶っぽいメゾソプラノのアキコさんはどうか分からない。

 警戒しながら頭の中で考えていると、「ねえ、キワちゃんは今日、どこに行くの?」と、タマキさんがふわふわと尋ねてきた。どうしよう、目的地を言うべきか言わないべきか。

 答えかねた私が少し黙っていると、明るくアキコさんが言った。

「私たち、お参りに行くから、キワちゃんも良かったらご一緒しない?大国主神様よ!」

 お参りに行くにしては、神様をまるでアイドルのように語るアキコさんの口調に少し気持ちが引きながら、どうしよう、と私は一瞬迷った。母が失踪してから、そもそも今日で三日目だった。今更、真っ先に紫水高校に足を運んだとして、母がそこにいるのだろうか。ちらっと私はカバンを覗き込んで、スマホの画面を見た。学校の学年グループの他愛もない雑談と、父から「どう?ママから連絡あった?」とメッセージが来ていた。有益な情報はない。こっそり母のスマホの画面も見たけれど、電話の着歴はない。どこかから母が忘れてきた自分のスマホに連絡している気配は全くなかった。

「ご一緒します。」

私は、そう答えていた。

 

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