第13話
名前を呼ばれ、驚いて振り向いた私の目に入ったのは、柔和な笑みを浮かべ、コロコロと転がすような声を、体の上の方から出す女性だった。母の友人、タマキさんだ。たまたま、この前、それもつい一週間前に母を交えて会ったばかりだった。そして、タマキさんの横には、タマキさんと同じくらいの背丈の女の人がいた。
タマキさんと母は中学校一年で同じクラスになってから、ずっと付き合いが続いていて、それなりには親しい友人同士であるのは間違いなかった。先日、タマキさんが所用で私の住む街に来て、その際にタマキさんと母が久しぶりにランチをすることになって、私も付いていった。二人で近況や昔話をフワフワと食卓の上で交換して、そして別れた気がする。時々母が私に話を振ってきていたけど、私は私で鮭のクリームパスタを食べるのに一所懸命で、適当に返事をしながら、話半分、いや、四分の三は聞き流していたような感じだった。
タマキさんも母も、故郷を離れて生活しているけれど、タマキさんもこっちに実家があるのだから、帰省していても不思議はない。でも、何で今日この日に、こんなところで出会うんだ?
そんなことを口をあんぐり開けたまま私が数秒で考えていると、タマキさんが再度声をかけて来た。「キワちゃんだよね。トワコさんのお嬢さんの。こんにちは。この前、ご一緒しました。」私は「はい、こんにちは、先日はどうも。」と軽く会釈をした。まだ驚きで胸がザワザワしていた。そして、母のことを聞かれるのではないか、とドキドキしていた。鳩が豆鉄砲を喰らって、さらに天敵に狙われて固まっているかのような顔をしている私にお構いなく、タマキさんは、おそらく普段の調子で、少し得意げに続けた。
「キワちゃん、この前会った時と同じ格好しているからすぐ分かった。」確かに、この前ランチの時と、私は同じ白いTシャツに同じ太めのジーンズを合わせている。鞄も帽子も同じだ。タマキさんは続けた。「キワちゃん一人?トワちゃんは?」
あー、やっぱり母のことを聞かれてしまった。私は何とか声をお腹から出して答えた。「一人です。」
タマキさんは無邪気に「一人旅?」と尋ねた。
すると、今まで横で微笑んでいた、もう一人の女の人が口を開き、相槌を打った。漆黒の長い髪に、切れ長の目、声は艶のあるメゾソプラノだ。
「弟君がいるもんね〜〜。」
私は「あ、はい。」と曖昧に答えた。そうか、この人も母どころか、私と弟の存在も知ってるのか。女の人は、言い忘れていた、と言うように付け加えた。「私もタマちゃんと一緒で、トワちゃんの同級生のフクイアキコです。よろしく〜。」やはり、と心の中でため息をつきながら、私は軽く会釈して「よろしくお願いします。」と答えた。
「ねえ、あれ乗る?」とピンクの電車を指差しながら、タマキさんがフワフワした声で私に尋ねた。「はい」と答えながら、ようやく話題が逸れた気がして、私は少しホッとした。
「じゃあ、そろそろ、乗ろう。」と、アキコさんが言って、私たちは改札を通って、ホームで乗客を待っている、真っピンクの車体に乗った。別に、タマキさん達と並んで座らなくてもよかったと思うのだけれど、空いているのが手前の方の座席だったので、やむなく、私はタマキさん達と並んで、真っピンクの座席に腰掛ける格好になった。電車は、床も真っピンクで、目の前にハートの吊り革があって、観光客と思しき女子グループが写真を撮っていた。私は少し緊張して、両膝を両手で抱えるような姿勢で座った。どこまでタマキさん達と並んで座っていないといけないのだろうと、気になりながら。
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