第12話

「ええと、今日は紫水高校かね。」

 朝起きると、祖父が確認してきた。

「昨日話したけども、おじいちゃんねえ、今日は陸上競技大会の審判があるから、今日は行き、駅まで送っているから。そこから電車乗って行って」

「はい」

「はい、これで足りると思うから、電車とお昼代とお小遣い。」

 祖父は財布から、五千円札を2枚渡してくれた。父から、しっかり軍資金を出してもらっているのだが、私は会釈をして礼を言うと、有り難く祖父が渡してくれたお金を受け取った。


「何かあったらおじいちゃんの携帯に電話して。」と祖父は言い、審判用の開襟シャツとグレーのスラックス姿で自分の荷物をトートバッグに入れて、出かける前にリビングの大きな窓の鍵をかけ始めた。


 そう、祖父の趣味はジョギング、陸上競技大会に参加するうちに、趣味が高じて陸上競技の公認審判員の資格まで取得してしまった。なぜ母や孫の私はこんなにも運動が苦手なのに、祖父は走るのが好きなんだろうか。本人は最近はジョギングから主にウォーキングに路線変更しているようだが、競技会の審判員業務は、それなりに需要があるようだ。そして、祖父の目標の一つは、地元での国スポこと国民スポーツ大会に、米寿で審判として参加すること。毎年講習会もあるようで、それまで心身ともに健康で、過ごしてくれと願わずにいられない。

 

 私は鞄に財布に加えて、スケッチブックと鉛筆、私と母のスマートフォンを入れて、帽子を被り、祖父に促されて玄関から出た。今日も好天だ。


 自動車に乗ると、祖父は後部座席に座った私に、あれこれ聞いてきた。学校はどうだ、部活動はどうだ、委員は何かやっているのか。答えているうちに、駅に着いた。

「じゃあ、ここでいいかね。送っていけなくて悪いね。」

 祖父は車を停めると、こう言って、私を歩道におろすとそそくさと競技会の会場に向かって行った。いや、こっちが祖父の都合も勘案せずに、突然来たんだ。泊めてもらって、送迎してもらって、ご飯も食べさせてもらって、有難いっちゃありゃしない。

 母のスマートフォン画面を確認したけど、やはり新しい着歴は全くない。自宅に置き忘れたことに気がついた母が、自分の番号に連絡している様子はなかった。

 

 平屋建ての、パッと見て表からは駅に見えない発着駅。私は料金表を見上げて、行きの切符を買った。ちょうど駅のホームに、濃いピンク色で塗られた電車が停まっていた。ハートの吊り革の付いている電車だ。当たりだ!と思わず私は嬉しくなった。

 

 乗客がまばらだけれど、観光客や学生、家族連れの声が行き交う改札を通り過ぎようとした時、後ろからいきなり声をかけられた。柔らかく線が細い女性の声だ。

「キワちゃん、キワちゃんじゃない?」


 え、誰?私はギョッとして後ろを振り向いた。

 

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