第8話
家に帰ると、弟はさっき私が買ってきたおにぎりを頬張りながら、テレビを見ていた。「ただいま〜」と声をかけると、「お帰り〜」と返事をして、私が新しく何か買ってきていないか一瞥して、持っていないと判断すると、すぐに視線をテレビに戻した。
「ねえ。明日、ママ探しに行く。」
弟はあまり関心のないような声で「うん」と返事した。
「明日、ママを探しに行くから」私はもう一度、声を少し大きくして言った。「ケイも行く?」
弟は想像通りの返事をした。「いい。行かない」
「じゃあ、一人で家にいる?」念のために尋ねる。
「うん」と弟。
頭の中で、母捜索のスケジュールを練りながら弟に伝えた。
「二、三日留守にするけど、一人で大丈夫?」
「うん。」
「そう。じゃあ、その間、パパに来てもらうから」
「え、パパ?」
突然、弟は真顔で私に視線を向けた。
「そう。頼んでおいたから」私は事務的に伝えた。そもそも、最初から弟が一緒に行きたいと言うとは思っていなかったし、既に父にも弟の世話は頼んでいる。
「え〜、無理」と弟は言って、しばらく不服そうにこちらを見つめていた。私は「一人で二、三日過ごすのはキツイでしょ。」と返した。弟はブツブツとレンジで冷凍弁当を温めて食べるからいい、と言っていたが、一日中、食っちゃ寝よろしく、食っちゃゲームして動画を見て、昼も夜もない生活をして、弟の周囲半径50センチに食べ物かすや空の容器が数日分積もる様子が容易に想像できた。「時々パパに見に来てもらいなよ」と弟に一方的に伝えると、弟の返事を聞かずに早速スマホから父にメッセージを送った。「ケイはやっぱり家にいるって。留守の間、よろしく」
次は祖父に泊めてくれと頼む番だ。覚悟を決めて、以前、お正月に、祖父と交換した連絡先をスマホで探した。あった。電話を鳴らす。呼び出し音が7回ほどなってから、祖父が少し息を切らし電話に出てきた。「はい」そして、一息ついてから、少し驚いたように続けた。「え、キワちゃんかね。どうしたの?」
「はい。こんばんは。ねえ、急なんだけど」少し躊躇いながら言葉を継いだ。「明日、そっちに行こうと思う。泊めてもらっていい?」
祖父は想像通り、裏返った声を出した。血は繋がっていない筈だが、反応は父とそっくりだ。「え〜そうかね〜。まあ、いいですよ。何時ごろかね?お母さんは?ケイくんは?」
「午後3時ごろにそっちに着く。私一人。」
「え〜、キワちゃん一人で大丈夫かね?まあ気をつけて。ええと、駅まで迎えに行くから。おじいちゃんの電話番号知ってるね、何かあったら連絡して」
案外祖父は、あっさりと訪問を了承してくれた。突然訪問する理由は特に聞かれなかった。多分、何か用事をしていて、ゆっくり話している暇がないのだろう。そして、祖父の電話番号は知っているに決まっている。今かけているんだから。私は「はい、よろしくお願いします」と殊勝そうな声を出した。
「はいはい、じゃあ、気をつけて。また明日ね」そう言うと、祖父は慌ただしく電話を切った。
父に送ったメッセージは、祖父と話している間に既読になり、「了解」と返信があった。父のことだから、一日一回か二回、短時間顔を見にきて食べ物を調達するくらいだろう。それでも、安否確認には十分だ。ケイも何とかなるだろう。
私は買ってきたコンビニ弁当を食べながら、お風呂を沸かした。さて、小旅行よろしく、二、三日分の着替えや充電器を用意しよう。母が今頃何をしているのか、さっぱり見当がつかなかったけれど。
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