第3話 次のお仕事

 お金は入った。ユーリイムからもらった金貨と合わせて大分余裕もできた。

 とりあえず少しボロくなった衣類を新調した。


 剣ももう少し細身で少し長めでそれでいて前のものより良い素材で耐久度はそのままだけど軽いものに買い換えた。お値段は相応にしたものの、微量だが聖白銀も含む金属で作られたこの剣はきっと魔術付与の乗りもいいだろう。

 杖は、どうしようか、良いものを買ってしまったから割と手持ちも減ってしまったし、次にまとまったお金が入ったら検討することにしよう。杖は不可欠と言うわけでもないのだから。


 鏡を見て思う。それまでの”レベッカ”が着ていた衣類は諸々の事情から限界が来ていたから全部新調した。

 

 前世でも好みだったタイプの服をいい感じにそろえていく。顔の感じは違うが、それでも私はこういうのが好きだ。好きな服を着られる幸せとはこれほどのものか。

 

 ようやく、この世界の”私”として出発できる気がする。

 丈夫な冒険者用の背嚢に最低限の着替えやこれからの迷宮攻略に必要な食料や光球の魔道具といった物資を詰め込んだ。


 「よし、いくか」


 颯爽と宿を出た。いい仕事があるといいな。


 ---


 ギルドに向かっているとカイルとちょうど鉢合わせた。とりあえずカイルと組むと決めたことを告げて、あまり詳しく聞いていなかったギルドの世界共通のルールを聞くと以下の通り。


1 ランクが2つ以上離れた相手とパーティを組むことはできない。ただし、当初は一つ差だった状態でパーティを組んだ場合に上位の者がランクを上げた場合に限り、その当人たちのみパーティを維持することができる。

2 依頼にランク指定がある場合、そのランク及び前後のランクのパーティのみ依頼を受けることができる。

 ただし、ランク指定には2種類あり、「〇ランク」と文字通りランク指定のものと、「〇ランク以上」という2種類あり、〇ランク以上という依頼の場合それより下のパーティは依頼を受けることができない。

 一方「〇ランク」とのみ指定された依頼の場合には前後のランク併せて3ランクのパーティが依頼を受けることができる。

3 依頼のランクには最低報酬基準がある。要する安い報酬で高ランク依頼をするような、タダ同然で高ランクパーティに依頼するようなことはできない(そもそも受けるパーティはいないが)

4 1に関して、初心者講習登録をすればランクが2以上低い人間をパーティに加えることができる。ただし、当該低ランク冒険者にはその低いランク相当の上限までしかポイントが加算されない。

5 ポイント制で、依頼をこなすたびにポイントが蓄積し、所定のポイントをためた冒険者はランクが上がる。

6 緊急特別任務というカテゴリの依頼が突如舞い込むことがある。人命救助や国の存亡が関わるなどといった場合にとにかく誰でもいいからやってくれというもの。これに関してはランク関係なく一定のポイントが貯まるため、4は適用されない。事例相当でポイントが貯まる。

 

「ところでカイル?」


「なんだ?」


「このギルドって世界中にあるの?」


「あたり前だろ」


「いつからあるの?」


「……いつからだろうな?500年前?600年前?ギルドに聞いてみればわかるんじゃねえか?てかなんでそんなこと気にすんだよ」


「いえ、別に。何となく気になっただけよ」


 前世ではこんな世界を股にかけるような組織は存在していなかった。

 だから思った。ひょっとしてこすれは単なる時間軸での未来ではなくて、別の世界にでも飛ばされてしまったのではないかと。


「さて、俺とレベッカはそのままじゃパーティ組めないが初心者講習登録をすればできるからな。登録するぞ」


「さっきの説明だと意味ないんじゃなかったの?」


「いや?ちまちまEやFの依頼受けるよりBとかCの依頼こなして最大限貰った方が得だからな。Fランクの連中はみんなやってるぜ、これ。それに元居た町で雑用依頼とか多少なりともやってきたんだろ?ならもう一回最大限度のポイントもらえばEランクになれるはずだ」


なるほど、確かにそうなら効率はいい。


「というわけで今日の依頼は何かないかなっと」


 そう言いながらギルドの扉を開けて入ったカイルに続くと、どうもギルドの雰囲気がおかしかった。


「あ?なんだ?」


 依頼掲示板の前に人だかりができている。

 聞こえてくる彼らの会話からすると、アレを受けるか受けないか、そういった話題で持ちきりのようだ。


「おっと、ごめんよ」


 そういいながらカイルは人だかりの中に分け入り、依頼内容を確認しに行った。


 普段白とか灰色の紙に書かれた依頼が張り出される掲示板に、普通の依頼募集用紙より大きい赤い紙が1枚。

 赤い紙は緊急特別枠の専用用紙だという。


「なになに、えーっと、東の迷宮に強力な魔術を使う魔物が出現?あそこかー」


「東の迷宮って何?」


「ここから歩いて数日のところにある割と初心者向けの迷宮でな、魔物が湧きやすいくせにそこまで強い魔物が湧くこともないんだが、突然どうしたんだろうな」


「強力な魔術……」


「ん?」


「ねえカイル、あれって私達でも受けられるのよね?」


 カイルは掲示板を一瞥して


「ああ、あれは特別緊急依頼だから俺とレベッカの初心者講習パーティでも受けられるぜ」


「……受けてみない?強力な魔術っていうのにすごく興味があるの」


「いいのか?緊急特別枠の依頼ってことはんなに低くてもB+相当の難度設定だぞ」


「いいわ。やってやろうじゃない。どのくらいすごい魔術なのか見てみたいわ」


「へー、お前、剣なんか持ってるのに魔術に興味あんの?使えるとは聞いたけど」


 そう言われて、改めて身なりを確認する。

 今の装備はさっき買ってきた剣と新調したレザーアーマーとその下に着ている軽量の鎖帷子。

 見た目は軽装で走り回るシーフか見習い剣士か、そんな感じだ。


「ま、まあ、魔術だって知っておきたいじゃない?」


「興味本位で受けていい依頼だとは思わんのだがなあ。だけど凄い魔術は確かに気になるし、まあいいか。えっと、依頼条件は……と」


 ポリポリと頭をかきながら詳細を読み込んでいくカイル。彼もCランクとは言うけれど、高ランク依頼に物怖じすることもない。

 そんな彼を見ていると緊急特別依頼なんて実際は大したことはないんだろうなと思いながら周りを見渡すが、普通の依頼なら秒で奪い取っていくようなBランクやCランクパーティが二の足を踏んでいる。

 結構実入りがいい依頼のはずなのだがどうしたことか。


ー魔術かよ…

ーお前ら火球使えるやついるんだろ?行けよ

ー嫌だよコスパ悪い


 聞こえてくる会話はそんな感じのものばかり。


 彼らは、魔術を怖がっている。多少の使い手がいてもだ。

 

 そんな周囲を見ていたら、カイルが戻ってきた。


「どうやら早い者勝ちらしいぞ、あれ」


「どういうこと?」


「該当の魔物の首を持ってきたら依頼完了だとさ。あとAランクパーティが幾つか先行したらしいが、やめるか?」


 強力な魔術。それなら私が今抱えている問題の解決になるのかもしれない。

 そう考えたら、やらないという選択肢はなかった。


「いいえ。いくわ」


「そうこなくちゃ。さ、行こうぜ。だがその前に準備だ」


 初心者講習登録を終えた私たちは、互いの装備を確認し不足分を買い足して再度確認。よし、こんなものだろう。


 ただ、カイルの一言で喧嘩しそうになった。


「似合わねーの」


 ああん?


「え、今何か言った?」


「似合わねーよ、その服」


 おうカイルさん。女の子の服の好みに彼氏でもないのにケチをつけるとはどういう了見かしら?


「いいじゃない。こういうの好きなんだから」


「ふーん、そうなのか」


 私は前世の時からこういうのが好きなのだ。

 早速仲違いそうな気配も漂っているが、受けてしまった依頼があるのだからとぐっとこらえて例の迷宮へと足を向けたのだった。


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