第3章 王都での出会い
第1話 酒場にて
「これからどうしようかしら」
王都についてからも、身の振り方というものを決めかねていた。
ユーリイムの配下として働く。これは何も決められなかった先の最低限ということにしておきたい。
確かに彼は優秀だし、その配下の者たちもそう悪い人たちじゃない。大商人の配下というだけあって阿漕な性質の人がとても多いが、それを除けば同僚としてはそれなりの水準にあると言えるだろう。
でも、それでいいのかはわからない。どちらかというと、気持ちとしてはそうしたくないのだ。何かよくわからないがあの中にいて気持ち悪さを感じる部分があった。その中にはずっといたいとは思わせてくれない何かが。
道中の報酬や自分で調達したものも含めて手持ちはそれなりにある。
最初に訪れた宿場町と比べたら物価も高いが、しばらくの間は暮らせるだろう。
ただ、先ずはこの王都の状況を知らなければならない。そもそも今は何時でここは世界のどこなのか。それすらも全く分からないのだ。この国独自の暦は213年だとわかったがそんなものは何の意味もない。
もっとも、何よりもまずは収入を確保しなければ話にならない。大魔術師と言えども神話で語られる錬金術のような手品は守備範囲外だ。
だからまずギルドへ行った。
王都のギルドはそれはそれは大きくて、この国に散らばるギルドの総本山として相応の規模を有している。
受け付けは長いカウンターに何人も係りのお姉さんがいて、それでも捌ききれない冒険者たちの列ができていた。
広い空間は半分がギルドでもう半分は酒場になっていて酒場スペースも冒険者たちでいっぱいだ。
依頼を貼り付ける掲示板の前にも人が溢れていて、C~Dランクの依頼が貼り付けられるたびに売れていく、そんな感じだ。
多分、C~Dランクの冒険者が一番多いのだろう。
EやF、あるいはSやAランクの依頼はあまり受託者が多くない印象を受ける。
まあ前者は依頼料が、後者は難易度がアレなんだと思われる。
「一人でできる依頼はないかな」
周囲はパーティーを組んでいる冒険者たちでごった返していて、自分みたいなソロは珍しいのかもしれないと思った。
そしてそんな都合がいい依頼はなく、見つけた一つも3人パーティを組んでいる組に先に取られてしまい、受けられそうなものはなかった。
それはそうだ。何人で受けても成功報酬の額は同じ。手間次第では複数名で一気に片づけてしまえばものによっては効率もいいだろう。
「うーん」
なんとも方針を定めることができず、気が付いたらわずかな空席があった酒場のカウンターで麦酒を頼み干し肉と豆を注文していた。
「どうしよう」
何度その言葉を呟いたかわからない。
なんだか噛み合わない。
ろくな魔術が使えなくなっていることで自信を無くしてしまったというのもあるだろうし、ここは世界のどこなのか、そして前世から見て今はいつなのかも未だにわからないのだ。
足元が定まらないことがこれだけ不安を煽るなんて、知らなかった。
「うぅ……私は何をどうすればいいの……」
いつの間にか2杯目の酒を注文して口をつけ、酔いが回り始める。
「ほんっとうにこの体、酔うのに安くていいわね」
前世ならこのくらいの酒量ならごあいさつ程度のものだったけど、この体で飲み続けたらあと数杯でギブアップする羽目になるだろう。前にいた街のように街中みんなお友達と言うわけでもないから酒に倒れるわけにはいかない。
酔いを醒まそうと水をもらいながらぼんやりとしていたが、いつの間にか隣の空席が埋まって若い男が麦酒を飲み干していた。こげ茶色の髪を短くざく切りして、薄い鉄製の鎧を着てその内側に軽めの鎖帷子を着ている。それなりに鍛えられていそうで、強さは感じた。
少し年上に見える彼と目が合った。
「何よ」
「何だよ」
はー、この時代がいつなのか相変わらずわからないけど、目が合っただけで不機嫌になる輩はどこにでもいるものね。
「見ない顔だな、アンタ」
「そうね、今日来たばっかりだもの」
「へえ、どうしてここに?」
「行く当てもないから隊商にくっついてきたのよ。とりあえず大きな街にでも行けば仕事があるかもって」
「なるほどな。だがその顔じゃ、請けられる依頼がなくて困ってますってところか?」
はー、最悪。顔に書いてあるみたい。
「そうね。一人だし、ランクも低いし」
「田舎もんか?まあ、他所から出てきた人間が食いっぱぐれるのはよくあることだ。気にすんな。まさかFランクなんて言わねえよな」
「気にすんな?こっちはご飯と宿がかかってるのよ。あとFランクよ」
他人事だと思って……そう思ったが、こいつ、どこかで見たことがある気がする。前世のどこかで出会った誰かと似ているのだろうか。思い出せないし、思い出したところで500年は昔の人のことなんて思い出しても意味がないが。
「はは、わりぃわりぃ。けどよ、あんた見たとこ成年してるかどうかってところか?そんなナリでよくソロでやろうとしてるな」
「悪い?」
「悪くはねえよ。アホだって言ってんだ」
「なんですって?」
ドンっとグラスをカウンターに叩きつけた。割れない程度にだが。
「怒んなよ。冷静になってみろ。何の役に立つかもわかんねえガキが一人。ランクも最低。こんなやつに依頼するやつもいなければ組もうと思う奴なんていねえよ」
それは一理ある。一理どころか全面的に正しい。だけど気に入らない。
「そう言うあんたはいくつよ。名前は?」
「17だ。ランクはC。カイルっていうんだよろしくな。あんたは?」
「……私はレベッカ。15歳よ。二つしか変わらないじゃない」
そう文句を言いながらも剣士に見える彼の腰の剣に視線を流す。いい感じに使い込まれている過程といったところだ。掌の剣ダコは正しい場所にある。カーターの剣を見てきたから、剣を正しく使っていることがわかる。
つまりこいつは、弱くはない。
「じゃあどうしろっていうのよ」
「俺と組まねえか?お前みたいなのを探してたんだ」
「私なんかと組む奴なんていないって言ったばっかりでしょ?」
「ああそうだな。だけど今回ばかりは例外だ。報酬はこの国の金貨5枚。所要日数は裁量次第だが最速でたったの一晩。命の危険は多分ねえが身の危険は少しはあるかもな。どうだ?」
「身の危険ってなによ」
「それは請けると言ってくれてからでないと話せない。守秘義務ってものがあるからな。言うとおりにしてくれれば死んだり手足なくしたりすることはないってのは保証できる」
金貨5枚。今の安宿代の相場からして食事もつけて軽く1か月分。節約すればもう少しいけるし物価も安いであろう他の街に移ればもう少し……
「命の危険とかがない、後遺症とかの危険もない、それは本当ね?」
「ああ」
「乗ったわ。その話、詳しく聞かせなさい」
正直、お酒のノリが入っていた。
この決断は、だいぶ後になってから少しの後悔と、今後についての割り切りをもたらすことになった。
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