第6話 一抹の疑問

 王都には数日で到着する。

 ここは王都を目前とした最後の宿場町だ。宿場町と言っても、王都が近い分その周辺都市として相応の人口を有する立派な街でもある。


 ユーリィムが率いる商会の支店もあり、今日はその建物を使って休むことになった。

 その建物は壁にも囲まれそれなりの邸宅としての佇まいを持っていて、白磁の輝きを放っていて、周囲の風景の中でも一際目立っている。


「ユーリィム様、無事の御帰還、喜ばしく思います」


 ユーリィムに挨拶をしながら恭しく頭を下げるのはドラクルと言う名のこの支店を任されている男だという。

 後から聞いたところだと、王都から東側の一義的な決裁権を持っている男だと言い、彼自身の経済力だけでも並の商会に匹敵するらしい。


「うん、ドラクル、出迎えご苦労様。さ、行こうか」


「はい、お部屋の準備は整っております。どうぞ」


 そんな男にユーリィムが案内されたのは一際立派な部屋だ。執務室機能と、寝室機能が両方ある上良く見えないがどうやら浴室もありそうだ。

 私は割り振られているはずの個室に行こうとしたのだけどユーリィムから付いてくるように言われてしまいここにいる。


 途中で見知らぬ顔だからだろうか、私に気づいた男は誰だこいつと言う顔をしたが、私は知らないふりをした。


「ユーリィム様、此度は襲撃を受けたにも関わらず犠牲が出なかったと聞いております。いやはや、ユーリィム様の御威光はついに神をも動かしたのでしょうなあ」


「ちがうよ。今回も普通なら5人や6人死んでいておかしくはなかったと思うよ。無傷で来られたのは彼女のおかげだ」


「……へ?」


 早く個室で休みたいと思っていた私は、突然集まった視線に情けない反応をしてしまった。


「この少女が?」


「紹介するよ。レベッカだ。凄腕の魔術師でね。彼女には幾度も救われたよ」


「レベッカです。よろしく」


 とりあえず頭を下げておいた。


「ほう、往路にお立ち寄りの際には見なかったのですが、旅の道中で拾われたのですか?」


 拾うなんて失礼な。私はモノじゃない。


「ああ、毎年立ち寄るダークベンソンを出荷している町があるだろう。あそこで同行してもらうことにしたんだ」


「なんと。あんな辺鄙なところに魔術師などいたのですな」


「この旅の一番の収穫が彼女だよ」


「そうですか。さて、ユーリィム様。1時間後には夕食の準備が整います故、それまではごゆるりとお寛ぎください」


「君の支部のコックが作る料理はいつも絶品だからね。今回も期待しているよ」


「もちろんです。今回も贅を尽くしております。それでは」


 その男は、ユーリィムに一度頭を下げ、踵を返して退出する際、私を一瞥していった。目があった私を値踏みするかのようにして去っていった。


「さて、レベッカ、顔見せもあったからね。休みたいだろうに悪かったね。食事の時まで部屋で休んでいてくれ」


「はい、ありがとうございます。では後程」


 私も頭を下げて退出。

 外にいたここで働く人に案内され個室に通され、ベッドに荷物を放り投げてひとまずの落ち着きを得た。

 しかしあの男は失礼極まる。拾うだなんていうモノ扱いは言葉のアヤだとしても、完全に値踏みされていた。初めて会う女性に対してなんだあれは。


***




 夕食は転生してから初めての”高級な”料理の数々が振舞われた。

 支部でも立派な建物を持ち、多くの人間を使っている商会なだけあるだろう。

 和やかに行われている宴の席ではあったけど、ユーリィムのところには続々とこの地元の商人や有力者と思しき人たちが頭を下げにやってきている。

 私の席次はユーリィムからみて7人ほど間に挟んだ場所。比較的仲良くなったゴッツさん達とは距離があるから誰かと特に話すこともなく、もくもくと美味しい料理を口に運んでいる。


 ここからならユーリィムと直接関わろうとこちらから動かなければ関わらなくていいが、彼らの話は耳に入ってくる。


 だから当地の人達とやユーリィムの傍を離れない支部長らの会話もよく聞こえてくるが、

 往路では他者を招くようなここまで大きな宴席は設けないらしく、この一帯の有力者からすればユーリィムと会える絶好の機会なのだろう。

 支部長も交えた商売の話は、難しいことも多いが私にだってわかるほど簡明で、それでいて中身がある。


 この国を含む地域最大の商会の一つと言うのは本当なのだとわかる。だからここに入ればくいっぱぐれることもないだろう。


 そんな宴もたけなわという中、私はドラクルに宴席から大きな窓を一枚隔てたテラスに呼び出されたのだった。窓とカーテンで区切られていて、宴席からテラスの様子はカーテンの隙間から見えるだけだ。


「レベッカと言ったね」


「はい」


「私はゴッツやザイルとも仲が良くてね。君のことを彼らから聞いたんだ。すぐに馬車のお傍でユーリィム様を護られたと」


「そうですが。それで?」


「この商会は、ユーリィム様が興され一代でここまで大きくされたのだ」


「……はい、そう聞いています」


「貴女は幸運だ!」


 最高の笑顔を作りながら、ここの支部長は私の手を握る。


「え!?ちょっと!待ってください!」

 

 振りほどこうとしたが振りほどけない。

 

「ユーリィム様のお傍に仕えるなど並大抵の努力でできることではない!」


 男は話を聞いていない。一方的にまくしたてる!痛い!そんなに強く握らないで!


「この私でさえユーリィム様にここまで多くのことを任されるのに相応の努力と犠牲を払ったのだ!それなのにレベッカはもうユーリィム様のお傍に!ああなんと羨ましいのだ!」


 ようやく手を放してくれた男だが、何だこいつは。

 赤く跡が付いてしまった手に治癒魔術をかけながらもこの男の狂気ともいえる振る舞いに戦慄している。

 今のこの男を一言で言えば、「自己陶酔」。


 ユーリィムに重用されている自分に、酔っている。


「あ……あの」


「そうだ!ユーリィム様は未だに所帯を持たれていない。私が仲立ち相勤める故ユーリィム様の妻となってはどうだ?」


「えっと……その……」


 まずい。本当ならこの男をぶちのめせば済む事なのに、今この場でそんなことしたら!


「さあ!さあ!」


 じり、じり……とにじり寄るこの男。

 どうしよう。悲鳴をあげたい。嫌。嫌……!

 どうにもならないこの状況に耐えられなくなり悲鳴を上げようとした時だった。


「ドラクルさん、そりゃレベッカの嬢ちゃんが可哀想ですぜ」


「へ……?」


 振り返るとそこにはゴッツさんの姿。


「なんだゴッツ君か。いいじゃないか。ユーリィム様だってもう所帯を持つべきだろう」


「だから、レベッカはそもそもユーリィム様に正式にお仕えしてるんじゃないんですよ。そんな相手にそんな話をするとか何なんですか」


「なにい?ユーリィムのお傍にいるのに正式に仕えていないだと?どういうことだ?」


「王都まで仮雇用です。その後どうするかはその後に決めます。これはユーリィム様もご承諾されていることですので」


 どうやら大丈夫そうだとわかったから多少突き放すような言い方をしてやった。もうこいつとは話もしたくない。


「そういうことだから、ドラクルさん、日を改めるんだな。またの機会に出直せ」


「そうか。そういうことか。わかった。ユーリィム様もそう考えておられるなら是非もなし。すまなかったな。では」


 ドラクルはさっきの態度が嘘だったかのように、身なりと多少乱れた髪を整えて颯爽と出て行った。

 残された私はもう疲労困憊だ。背筋と額に汗がにじむ。


「いや、災難だったな」


「はい……ありがとうございました」


 あれならまだ自分を殺そうとか犯そうとかしてくれた方がわかりやすい。流石にその場面なら反撃しても文句を言われないだろう。

 ユーリィムのため!という名目でこんな場所でとんでもないことを押し付けられるのは対応に困るし、本当にやめてもらいたい。


「あいつも商売はうまいんだがなあ。たまにああいうところがある」


「そうみたいですね。疲れたので部屋に戻って休みます。では、本当にありがとうございました……」


「ああ、ゆっくり休んでくれ」


 テラスから内側の宴席に顔を出してドラクルがもういないのを確かめて部屋に戻って、あの短時間で押し寄せた数日分に匹敵する疲労と共に眠りに落ちていった。

 ユーリィムのためと言う名目ならばあそこまでする人がいるんだという不安を覚えながら。


***


 それから、またドラクルにまくしたてられるようなこともなく支部を出た私達は、しばらくしてついに目的地を視界にとらえた。


「あれが、王都」


「ああ、俺達が拠点としている街だ」


 それからさらに数日。峠道を超えた先にある大きな街。 

 ヴェルド国、王都ストウカルージュ。広大な盆地状の地形に存在するこの国の王都の姿がそこにあった。


----------

 第2章をご覧いただきありがとうございました。

 ジュリナことレベッカは前世では一人の妻ないし母親としてはともかく、魔術師としての自己肯定感は「魔術師としては私は誰よりも強い!」ということの上に成り立っていました。実際、前世の時代の彼女は、その師匠であるシモンが死亡した瞬間から世界最強の魔術師と言っていい強さを持っていました。

 そのため、使える魔術が非常に悲しいこと(前世比)になっているため、多少活躍しようが自己肯定感がぶっ壊されていますから多少褒められてもほめ殺し程度にしか感じていないのが本音です。

 そんな彼女が自信を取り戻す日は来るのでしょうか?第3章もお付き合いいただければ幸いです。

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