第5話 襲撃

 三日ほど、何事もなく進んだ。

 少々の魔物との遭遇はあったが、基本的には騎士の皆さんが退治してくれたし、その間をすり抜けた魔物も私が火球の魔術で焼却して事なきを得た。

 例のゴッツさんは私の目の前が定位置だから道中無駄話をしていることも多かったけどその後


「嬢ちゃん、火魔術も使えるのか?やばくね?」


 と言われた。


「火球の魔術なんて基本でしょ?どういうこと?」


 と聞いてみたら


「え?魔術師なんかどれか一つ使えれば上出来じゃねえか。えっと、地と、雷と、火と、3系統使えるんだろ?凄すぎるぜ」


 だそうだ。

 そんなわけないじゃん…とまた内心ツッコミが入ったけど、どうも様子がおかしい気がする。

 ゴッツさんは本気でそう言っている気がする。


「そうなのかしら?この国は魔術はそんなに盛んじゃないの?」


「ん?どうだろうな。確かに魔術は人気ではないが他の国よりそこまでダメってことはないはずだ」


 なんだか違う世界に飛ばされてしまったのではないだろうか。そう思えてならない。

 少なくとも魔術に関してはその始まりこそ不明なものの有史以来の歴史があり、多かれ少なかれ世界中の国々がその研鑽に勤しんでいたはずなのだ。

 魔王が滅びて魔術研究が下火になってしまったとしてもこれは極端すぎる。


 先日の魔物退治で開幕で使った火球魔術はどうやら見られていなかったらしい。

 これで彼らに明かした手の内は火と、地と、雷。それに多分治癒魔術も見られたと考えておこう。


 念のため、そう、念のために。

 他の属性は使わないようにしよう。仕えるかもわからない相手に手札をすべて公開してやる必要もないのだから。

 そう心に決めた。


***



 更に1日が過ぎた。

 とある宿場町で一泊し、翌日出立したタイミングで、ゴッツがいつもする雑談の時のように馬を寄せてきた。


「嬢ちゃん、そのままの笑顔を崩すなよ。いいな?…多分今日襲撃がある。覚悟しといてくれ」


 突然の告知に崩すなと言われた笑顔を崩しかけたが気を取り直して表情を戻し、いつものように声を発する。


「そうなの?どうしてわかったの?」


「ああ、途中から先行させてるやつがいるんだが、そいつから報告があったんだ。この次の街に別の商会が贔屓にしてる傭兵集団が宿泊していたらしい。そんで少し前にそいつらが忽然と姿を消したってことだ」


「つまりこっちに?」


「そういうこった。ここを俺たちが通るのは誰でも知ってるからな。藪や林、山陰、全部に気を配っとけ」


「了解」


 するっとゴッツが離れていく。

 出来れば襲撃はない方がいいが、彼らはさりげなく武器の確認や装備の締め直しを順次行っていてもうその前提で動いている。経験豊富な彼らがそう判断しているのだ。襲撃されるという前提で考えておいた方がいいだろう。


---


 襲撃は思いのほか早かった。

 襲撃の話を聞いてから1時間後、街道が丘に挟まれ谷状に地形が変わるポイントに差し掛かった。

 抜けるのに徒歩では軽く十数分はかかるであろうその地形を遠くから見たときから、襲撃はあそこだろうと思っていて、実際そうだった。


 隊列全部が地形に入り切った時に銅鑼のような音と共に谷の両脇に死角から次々と武装した男たちが現れる。

 その数はざっと30人というところか。

 騎乗している者、剣を持つ者、長鎗や鉾等。弓矢を持っている者もいる。


「待っていたぞユーリイム!お前はここで死ね!」


 一方こちらは銅鑼のような音が鳴り響いた瞬間から動いていた。

 馬車と非戦闘員を中央にして護衛の兵士が両脇を固める。

 非戦闘員達は馬車の前後で各々盾を持ち慣れた様子で姿勢を低くして密集隊形。その上刃物を構えて近づいてきた相手への逆撃姿勢を見せつける。

 これで彼らは少なくとも弓矢で倒されることはない。

 自然と私は前側の密集隊形とユーリイムにマルコらの乗る馬車の間にぽつんといることになった。


(私は一体どうしたら)


 そういえば襲撃があると聞いていたけどそれ以外何も聞いていない。

 まあ、私はゴッツらの援護をしろという業務を命じられているから、劣勢なところを見つけて火球でも飛ばしていればいいか。


 もう一度、銅鑼が鳴った。

 両脇から次々と敵が襲ってくる。


(まずは、弓矢ね)


 左右にそれぞれ2人の弓持ちを見つけ、先ずはゴッツが向かった右側から。

 仕掛けるなとは言われていない。だから叩く!


「ファイヤーボール!」


 矢をつがえようと視線が一瞬他所を向いた一人に火球が炸裂。

 悲鳴と共に転倒するが気にしている暇はない。


「次!」

 

 間髪入れず二人目に火球を叩き込む。たちまち二人目の焼死体が産み出された。


「くそっ!魔術師がいるなんて聞いてねえぞ!あいつから潰せ!」


 ゴッツさん他騎士たちと敵が剣戟の音を響かせ始めたころ、そんな指令が聞こえてきた。

 え、私、狙われてるの?

 それに気づいて馬を動かす。


 逆側にいた二人の弓持ちから矢が飛んでくる。

 その狙いはなかなか正確で、先ほどいたところを正確に射貫いてくる。動きを止めたら射貫かれてしまうだろう。距離が多少あるのが幸いしている。


 つまり、それなら!


 敢えて動きを止めた。

 風の魔術は目に見えないし、ばれにくい。


 普段魔術を行使する際には、周囲への警告の意味もあって何を使うか口に出す。だけど今回は黙ってやった。

 地形もちょうどいい。


 風魔術の基本中の基本、ただ風を吹かせるだけ。

 それをこの谷状の地形に強力に吹かせる。


「風だと?何だ突然!」


 自然の風じゃないから風速に細かく上下をつけて風の断層を作るおまけつきだ。これで正確に私を狙えるものなら狙ってみるがいい。


 二人の弓持ちは彼らのいる場所の風速に従い私に狙いをつけて矢を放つが、山なりの頂点に達する前から明後日の方に向きを変えて失速し力なく落ちるか、勢いは維持しても何もない地面に突き刺さった。

 呆然とする彼ら。なんたって上の方には逆向き、あるいは高低に風が吹いている層があるのだ。通常は有り得ない環境にはどんな達人も矢をあてることはできないだろう。


 その間に弓持ちに対してエレクトリックを飛ばす。

 火球だと風のあおりを受けてしまうし、厳密には自分の火球に対して風を無効化することもできるが、それをすると多分風魔術を使っているとバレる。

 エレクトリックはしびれさせるのが精いっぱいの魔術だが、安全圏から矢を放つことにしか慣れていない弓持ちに対して避けられない遠距離攻撃があると知らせる効果がある。

 効果はてきめん。


 弓持ち二人は逃げてしまった。

 そりゃ一方的に殴れる経験だけして反撃経験してないんだもんね。


 風を解除しながらそんなことを考えていたら脇で剣戟の音が響いた。


「きゃっ!?」


「おう嬢ちゃん、よそ見してると危ないぜ!」


 ゴッツさんだ。戦場をすり抜けて私に切りかかろうとしていた敵を止めてくれたらしい。


「ありがとう!」


「弓持ちを片づけてくれたおかげでこっちは普通に優勢だ!できれば無傷でぬけたい。頼むぜ!」


「了解です!」


 剣戟からは数歩離れた場所で、劣勢になっているところにエレクトリックでちょっかいを出す。

 これが発動と敵への到達まで一番早いからだ。


 痺れて身をよじったり硬直したりした相手は次々と体勢を立て直した味方に討ち取られていく。

 ユーリイムの乗る馬車の前後で似たような光景が続いたが、敵の数が半分になった辺りで生き残っていた敵は逃亡を開始した。


「ゴッツさん、追撃は?」


「見えてる範囲で頼む」


「わかりました」


 とはいえ積極的に殺すのも気が引ける。

 走って遠ざかっていく敵に対してわざとやや狙いを雑にしながら火弾をポンポンと飛ばしていく。

 不運にも命中したのが4名ほど。


10人ほどにまで減った敵は次々と藪の中や森の中に姿を消した。


隊商の損害は、死者はなし。負傷が数名。


「今治しますからね。待ってください」


 ヒーリングを怪我が重いと思われる順にかけていく。深手を負った1名に関しては後で処置が必要なように見えたが、取り急ぎ命の心配があるような状況ではなくすことができた。


「ふう……」


 一通り私にできる範囲の治癒を終えて、周囲を見渡す。

 散開して見張りをしている者。

 一部崩れた積み荷を直す者。

 武器の手入れをする者。


 そして……


「何かありましたか?」


 馬車からいつの間にか外に出ていたユーリィムが10歩くらいの距離から笑みを浮かべてこちらを眺めていた。


「いや、なに、君は肝が据わっているなあって思ってね。そんな年の女の子なのに全く物怖じしないんだから大したもんだ」


「はあ?襲撃されたんですから応戦するのは当然じゃないですか」


「そうなんだけどねえ」


「は?」


 ちょいちょいと苦笑いをしたユーリィムが馬車のなかを指さすから何かあるのかと馬車の中を覗いてみた。


「怖い怖い怖い怖い」


 座席に蹲り頭にクッションを被って震える小太りの少年の姿がそこにはあった。


「えっと…デンデはずっとこうなのですか?」


「そうなんだ。いい加減に襲撃された戦いをしっかり見てほしいんだけどね」


 もうどうしようもないと匙を投げたように力なく首を振った。


「遠くで戦っているのを眺めてる分には平気らしいんだが、こう近くで戦いが起こるとダメみたいだ」


 普段から虚勢を張っているような子だったし、そういうこともあるか。とはいえ、この肝っ玉の細さはどうにかならないのだろうか。ユーリィムには敵が多いと聞くし、実際に襲撃された。

 肝心なところで役に立たないようなことになってしまわないのだろうか。


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