第4話 出発

 買い物や支度を終え、仲良くなった人たちから送別会を受けていたら夜になった。解散した私は、宿の自室に引き上げている。

 隊商に随伴できることにはなったけど、その代わりあることに気が付いた。 


「折角宿代無料になったのに……」


 そう、魔物の討伐に成功したことのご褒美である宿代無料の恩恵に預かれなくなったのだ。

 無論、隊商が出ていく”明日”まで、つまり今晩は無料だけど、正直言って割に合わない。なんだろう、この商人育ちのレベッカの感情なのかもしれないが、その割の合わなさに心の底から異議がふつふつと湧きだしてくる。

 たったの2日しかその恩恵に預かれなかったのだ。


「鬱……」


 ベッドでふて寝していたとき、扉が叩かれた。


ートントン


「はい」


「嬢ちゃん、起きてるな?入るぞ」


宿の店主の声。


「どーぞ…」


流石に寝ながらの対応は失礼かと思い、ベッドに腰かける。


「明日発つんだってな。商人の奴から聞いたぜ」


「ええ。お世話になりました」


「それでよ、宿代無料、流石にこの短さじゃあんまりだと思ってな、代わりと言っちゃなんだが、こんなもんを用意した」


店主が出してきたのは、手のひらサイズの深い青色をした魔石。


「これは?」


 手に取りもう少し魔石の奥を見通そうとするが、何かの強力な魔力がこもっている。魔石としては結構いいものだ。


「やっぱり嬢ちゃん、商人じゃねえな」


「えっ?」


「俺のばあちゃんがな、実は嬢ちゃんほどじゃないが、少しだけ魔術を使える人でよ、杖の先についてた魔石をそういう風に見ていたんだ。商人が品定めする目じゃねえからな。魔石の中の魔力ってやつを見通そうって目だ」


 少々迂闊だったと思う。確かに、商人ならまずやることは表面の傷の確認とかそっちからだ。

 私は魔石と聞いてその用法に従いどれくらい使えるかということを考えていたのだから、完全に魔術師としての目をしていただろう。


「あはは、実はそうなの。指摘してくれてありがとう。これから気を付けるわ」

 

「ああ。一応言っとくがそれはだいぶ前に死んだばあちゃんの集めていた品でな」


「え、いいの?そんな大切なものを受け取って」


「ああ、もう何個かあるんだ。ばあちゃんがこっそり集めていてな、俺はよく知らないんだが魔術が隆盛を極めていた時代の遺物だそうだ」


「……どういうこと?」


「さあな。俺もばあちゃんから聞いたことをそっくりそのまま言っただけだから分かんねえや」


「そう」


「どこかで杖にするもよし、金に困ったら売るのもよし。だが、大切にしてくれよ?」


「もちろんよ。お婆様の形見と聞いたのだから、大切にするわ」


「よっしゃ。渡すものも渡したし、明日早いんだろ?押しかけて済まなかったな」


「いえ、いいのよ。明日挨拶する時間があるかわからないから先に言っておくわ。短い間だったけど、お世話になりました。ありがとう」


「どういたしまして、だな。俺も楽しかったぜ。嬢ちゃんみたいに多彩な魔術を使える人間なんて初めて見たしな。それじゃ」


ーパタン


 宿のマスターは出ていった。

 手のひらサイズの魔石を見る。


 空の青さとは違う深い青。球というよりは少し楕円形気味の形だが、中に宿っている魔力には強力な何かを感じる。

 これを杖に据える材料にしたら、ひょっとしたらこれが今起きている中級以上の魔術が使えないことへの答えになるのかもしれない。

 そう思って、魔石を袋に入れた。


 しかし、”魔術が隆盛を極めていた時代”とは何のことだろう。

 遺物という言葉が使われるくらいだ。

 もしかして、前世の時代から何かが変わったのか…?

 あと、初級魔術を複数使えるのは魔術師の入門として普通のことのはず。宿のマスターもそうだし、ユーリィムの護衛騎士達もそうだし、この国は魔術が盛んではないのだろうか。


 わからない。

 でも、ひょっとしたら今私の魔術が情けないことになっているのは私自身やこの体に原因があるわけではないのかもしれない。

 手がかりではないが、手がかりに繋がるかもしれない何かを得たのは収穫だったかも。


「王都で何かわかればいいのだけど」


 袋に入れた魔石を一度取り出し、蝋燭の光を透かしてみる。

 相応の魔力がこもっている。

 うまく使えたら、それとも何か解決するだろうか。


「はー、早く何とかなってほしい」


 もう夜も遅い。寝よう。明日からは仕事が始まるのだから。




 翌朝。

 町の広場に隊商が集まっていた。


 総勢50名ほど。

 護衛の騎士は16名で、他は商人達。もちろん商人の多くは短剣くらいは身に着けている。聞けば雑魚の魔物くらいなら一人で何とかできる商人は多いそうだ。


 その中に私がいる。私は護衛騎士の中に入って万が一の敵襲や魔物の襲撃に対して援護する役割を与えられた。


 無事王都までついた報酬はこの国の金貨20枚。

 頑張ろうと思える結構な金額だ。

 

「じゃあ今年もお世話になりました。また来年」


「ええ、毎度ありがとうございます。お気を付けて!」


 町長に見送られ先頭の護衛騎士四騎から町の外に出る。


「じゃあな、嬢ちゃん。気を付けてな!」


「みなさん、ありがとう!みなさんのこと、忘れません!」


 この町でお世話になった人たちと別れを交わして、中衛の騎士八騎に続いて出発した。

なんと私には馬が与えられたから、歩かなくていいのはありがたい。

 ユーリィムの側近の一人が使っていた馬をもらって、その側近の方は馬車にユーリィムと一緒に乗るそうだ。


 手を振りながら門を出て、自分の場所と言われたところにつく。


 改めて隊商の編成は前衛が四騎。

 中衛八騎は四騎ずつに分かれてユーリィムと側近が乗る馬車を前後で挟む。

 私は中衛前側の四騎の後ろ、つまりユーリィムの乗る馬車の真ん前につく。

 最後衛に四騎の騎士がいるはずだ。

 前衛と中衛、中衛と後衛の間に商人達が列をなす。


 私がこんなところにいていいのだろうかと思ったけど、ユーリィムが私に期待しているのは護衛騎士達の援護らしいから、順当か。


 ただ逆に言えば、ユーリィムから常に監視されていることになる。

 常時こっちに視線が向いているわけではないにせよ。

 

 ……まあ、今後本当に雇用する場合の品定めってところか。


 本気で勤めたいかというと疑問はあるけど、まずは王都に着くことだ。

 がんばろう。

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