第2話 これからのこと
「…あれ?」
目が覚めたのは、宿屋の部屋。窓から漏れる光からして、きっとお昼過ぎ。
「私、いつの間に……?っつ!痛たたたたた」
頭痛がする。深酒が過ぎた。あれから勢いよく飲み続け、あたまがぐるんぐるんする中宿屋の店主に部屋に担ぎ込まれた気がする。
「気持ち悪い…」
両手で魔術を使い水を作り出し、ひたすら飲む。
胃袋いっぱいになるんじゃないかというほど飲み干して飲み切れなくなったら残ったそれをみんな顔にかけた。
ーバシャン
ぼたぼたと板張りの床に水が落ちて水たまりを作る。
「はぁ、はぁ……」
解毒の魔術をかける。
私の解毒魔術は風邪と二日酔いくらいしか治せないがそれで十分だ。
「んー……」
解毒をかけてもすぐに気分が良くなるわけじゃない。
少しずつ痛みや吐き気が引いていくのを待つしかないのだ。
もう一度、ベッドに横になる。
「痛ったぁ」
前世では強い酒をしこたま飲んだ時だけだった痛みが頭を走る。
「どんだけ、どんだけ不憫な体してるのよこの子は……」
この体は前世ほどお酒に強いわけじゃなさそうだ。まだ15歳というのもあるだろうけど、何か取り柄はないのだろうか。
前世ではお酒の勢いでどうにかなってしまうというようなことは絶対なかったほどお酒に強かったが現世ではそうはいかないらしい。理性が吹き飛ぶ前に意識が吹き飛ぶだろう。
それでも、十数分経った頃には頭痛も収まり吐き気もほとんどなくなっていた。
「ようやく、動けるわね」
水浴びをするための部屋に行って(一応女性用と書かれている)、魔術で作ったお湯を浴びた。そういえば、あれほど飲み食いしたのだ。体型に跳ね返ってくるかも。
そう考えたらなんてことをしてしまったんだと背筋が寒くなった。
「その分動けば……いいよね?」
誰にというわけではないが独り言をしつつ、体を拭き、着替えて髪を乾かしてから廊下に出たら知らない顔の人達とすれ違った。
あれは多分隊商の人達だ。
この宿場町にどれくらい滞在するのだろうか。
元々同行を申し入れるつもりでいたけど、こういきなり来られてしまうとどうきりだしていいのかわからない。
見知らぬ土地で一人で旅をするのは危険すぎる。普通に起きて活動している間なら多分大丈夫だと思うけど、寝ている時間だってあるんだ。
魔物だけじゃない、夜盗の類だっているだろう。だからこそあんな完全武装の傭兵が隊商に加わっているのだ。
食堂に行って、いつもの粗末なパン・・・と思ったけど昨日のバーベキューで使い切れなかった分と思われる鹿肉が挟まった少し豪華なものやスープを受け取って空いてる席に着く。
いつもは20人ほどが座れる広さに数名しかいないのだが、今日は3席ほどしか空いていなかった。
このばで知ってる顔は宿のマスター一人だけで、残りはみんな隊商の人達。
普通は静かな食堂が活気に包まれている。
多くは昨日の魔物退治の話題、一部は東方の特産物が不作だったとか在庫がどうだとか王都での見込み相場とか、商人らしい話題も食卓に上っている。
そんな珍しい話題に聞き耳を立てていたら、昨日の魔物退治の話に熱中していたウチの一人が私に気づいて、飲み物のカップを片手に近づいてきた。
「おお!アンタは昨日のすげえ嬢ちゃんじゃねえか!
「え?マジか。話聞きてえよ」
「おお混ぜろ混ぜろ」
うわぁ…めんどくさ。
と思っているうちに鎖帷子を着こんだ男3人に囲まれた。
「なあ、俺はゴッツっていうんだ。嬢ちゃん、名前は?」
その中のスキンヘッドで見るからに鍛えられた風貌男が声をかけてきた。
「……レベッカ」
「そうか!レベッカっていうのか。いやー、昨夜の魔物退治、最初は遠くからなんだなんだって眺めてたけどよお、いや嬢ちゃんつええなあ」
まるで子供がおもちゃを見ているかのように目を輝かせている。いい大人に見えるが子供っぽいのかもしれない。
「そう、ありがとう。ところで貴方たちは?」
「おっといけねえ。俺はゴッツ……はさっき言ったな。そっちがバームでそっちがサイルだ。俺たちはユーリィム様の護衛騎士ってやつだな」
「よろしく」
「よろしくな、嬢ちゃん」
スキンヘッドでガタイがいいのがゴッツ。ふつうの黒髪なのがバーム、茶髪がザイルと。
「皆さんよろしくね。護衛騎士って?」
「ああ、ユーリィム様は知ってるよな?ユーリィム様はすっげえ力を持った方だし他の大商人と違って現場もきっちり観に行く人なんだが、敵も多いからな。俺らみたいな護衛が必要なんだ」
「敵がいるの?」
不穏な言葉が飛び出した。これは聞いておいた方がいいだろう。
「ああ、この国を含む大陸のこの一帯はユーリィム様率いる商会と他幾つかの商会があるんだが、他と仲が悪くてなあ。ユーリィム様はこうして時に遠出なされる。だから他からの刺客に襲われないように俺たちがいるわけだ」
なるほど、つまり独占的に経済を牛耳っているわけじゃないのね。
「それは大変ね。でもこんなところまでその刺客というのは来るのかしら?」
王都までまだ大分距離があるように聞いている。
「ああ、やつらやるときは本気でやってくるからな。何年か前はこの宿場町の近くで襲われたことだってあるんだ。東の海岸地域はユーリィム様の独占地域だからな。その辺のシマが欲しいやつらにとってはどうしてもユーリィム様が邪魔なんだろう」
物騒なものだ。
まだ国と国との争いならわからないではないけど、商人間のシマ争いか。
そういう情勢なら敵も多いだろうし、襲撃もされるんだろう。
私は役に立てるんだろうか?この騎士達の言いようからしたらいける気もするけど。
「ということは、貴方たちは護衛騎士になって長いの?」
「ああ、おれらはもう5年目だ。出張が多いのが問題だが稼ぎはいいからな。家族には”亭主元気で居ぬもよし!”なんて言われてる始末だ」
バームは頭を搔きながらそんな冗談を言った。そうか、もう家族がいる者もいるんだ。
「お前んところは理解があっていいよなあウチなんか何か月も帰らない俺にもう浮気していいかなんて言ってくるんだぜ?」
とゴッツ。ガタイがいいのに尻に敷かれているらしい。ちなみに一回り若く見えるサイルは独身だそうだ。
でもそれだけ経験があるのか。確かに自信を感じる。
「ねえ、ところで私の昨晩の戦い方はどうだった?」
だから、聞いてみた。
実際どうなんだろうと。
彼らは互いに目を見合わせて
「どうだったもなにも、あんな戦い方見たことねえよ」
とゴッツ。
「ああ、ひょっとして土と雷と複数属性使えるやつか?やばくね?」
とバーム。
「だよなあ。そんなやつみたことねえよ」
とサイル。
「え?どういうこと?」
「いや、どういうことって…なあ?」
ゴッツが他の二人に同意を求めると二人は頷いた。
「本当にすごかったぜ。嬢ちゃんなら普通に宮廷魔術師になれるんじゃないか?」
んなわけないでしょ。
……と心の中ではツッコミが入っていたが、気持ちとしては悪くない。
「そ、そう?まああんなもんよ」
ふふんと胸を張ってみた。
でも褒めてくれたなら、ひょっとして私のリクエストは叶えられるのではないか?そう思ったから、聞いてみた。
「ねえ、実は私ね、王都に行きたいんだけど独りだと心細いの。貴方たちについていきたいんだけど、どうかしら?」
そう告げたら彼らはびっくりした顔をしながら目を見合わせて
「え、マジで?嬢ちゃんみたいな凄腕魔術師が同行してくれるの?もちろん魔物とか、敵の襲撃とかでは一緒に戦ってくれるんだよな?」
「ええ。少なくとも王都に着くまではそのつもりよ」
話の文脈的にも私には戦うことを求められるだろうし、私も拒む理由はないからそう答えたとき、私は食堂に詰めかけていた隊商の人達がみんな私に注目していることに気が付いてしまった。
「あれ?えっと……あれ?」
ーやったぞお!ついに今回は犠牲者ゼロだ!
ー臨時ボーナス待ったなしだぁ!!!
などなど。食堂が大歓声に満ちた。
「え?ええ……?」
動揺している私に嬉しさを隠せない顔をしたゴッツがこう言ってきた。
「レベッカ嬢ちゃん、今日中にユーリィム様には話しておくよ。きっと呼出しがかかるから待ってな」
「え…ええ」
彼らの勢いに飲まれるまま生返事をしてしまったが、自室で装備品を整備していた私に呼び出しがかかるまで、2時間もかからなかった。
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