第7話 魔物のボス
じりじりと、この十人で残った魔物の群れに近づいていたが、まとめ役の男が吐き捨てるように言った。
「ちくしょう、インプだ。しかもこの辺りのボス格じゃねえか」
ダークベンソンは二十体ほど。だがその二十体は何かを守るようにしていて、その中心部に、違う魔物がいた。
ダークベンソンの首より上と同じくらいの大きさで、それと同じくらいの羽、そして小さな角を持ち、体長に不釣り合いなほど大きいトライデントのような三股の槍を持つ魔物。
一体のダークベンソンに乗り、あたかも将軍のように振舞っているように見える。
「やべえな、弓矢の射程範囲まで下がるぞ!」
「ダメだ!突っ込んでくる!」
いや、突っ込んでは来なかった。ダークベンソンの半数ほどが私たちの両脇をすり抜け、背後に回った。挟まれた。
突っ込んできた個体に火球を浴びせようと準備していたが、脇を抜けられたことで攻撃の機会を見失ったのだ。失敗した!
「な……!?」
迷宮にいるような魔物には知恵が回る魔物も少なくない。あるいは、魔王城にいたような魔物たちはすべてが人並み以上の知恵を持っていた。
だが、こんなどうでもいい田舎の森としか言いようがないところにいる魔物にこれほど知恵が回るのがいるとは…!
「……やるしかねえな。嬢ちゃん、さっきのやつ、またできるか?後ろに回った奴らを頼む。そしたら全力で城壁近くまで走るぞ」
「了解!」
さっきのように、地面に手を当て、背後に回ったダークベンソンに同じことをしようとした。
「嬢ちゃん!避けろ!」
……!!
魔術を中断して全力で横に飛んだ。
次の瞬間インプの側にいたダークベンソンが突っ込んできていて、間一髪串刺しになるところだった。
これは急がないと。
もう一度、地面に手を当てる。
だが、すでに手を当てる動作をしたときにはダークベンソン数体が動き出していた。
「えっ!?うそっ!?」
もう避けるしかなかった。
こいつら、私を狙っている!?
「ごめん、おじさん、同じのは無理!」
「みてえだな。こんなに知恵の廻るやつらだったとは」
相手が並の魔物ならこの人たちに時間を稼いでもらえばいいがダークベンソンは突進してくる。
人間ごときが立ちはだかろうものならまとめて吹き飛ばされるかくし刺しにされるのがおちだ。
にらみあう中、なぜか今は突っ込んでこないが、奴らが一斉に突っ込んできたら終わりだ。
それにこの人達はそこまで強くはないだろう。前世のアレクやカーターなら逆にこちらから攻めていく勢いなんだけど。
いや、そうするべきなんだ。このままもし魔物に増援が来たらどうしようもなくなってしまう。
そう一瞬考えて、出撃部隊の武器屋のおじさんに提案することにした。
「ねえおじさん」
「なんだ?」
「インプのいる方は私が何とかするから、みんなは後ろに回った方を何とかして」
「なにぃ?」
「多分やつらの狙いは私だから」
「おい、そりゃ危険だろ」
「いいから、こいつらみんな一斉にきたら終わりよ」
「ったく、しゃーねーなあ!おい野郎ども!こっちにかかるぞ!嬢ちゃん!死ぬなよ!」
「わかってますよ」
・・・
後ろでほぼ1対1の戦いが起こっているが、私の正面には10体のダークベンソンとそのうち1体の上にインプと呼ばれた小鬼が乗っている。
「キキッ!」
笑われた気もする。
まあ、悠長に魔術を使おうとしたらすぐさまどれかのダークベンソンが突入してくるだろう。
彼らからしたらそれさえ封殺すれば勝てると思っているのかもしれない。
そうだとしたら、たった一人でかかろうとしている私は嘲笑の対象なのかも。
「あの小鬼。言葉はわからなそうだから、まあ、やるか!」
さっきのように膝を折り地面に手を置く。
が、当然のようにその動作をした瞬間からダークベンソン数体が動き出していた。
真っすぐこっちに突進して来るのはわかっている。
「アースホール!」
先日使ったのは私が入れる程度の穴。だけど今回は塹壕のような広く幅がありそして深いものを私の傍に。たちまち私と彼らの間が大穴で隔てられ、突っ込んで来ようとしていたダークベンソンは私を目前に足場を失いその穴に落下。
「ライトニングエンチャント!……たあああっ!」
ショートソードに雷属性を付与し、塹壕に落ちた二体に切りかかる。
どちらも狭い塹壕内、大きな角のせいで右往左往もままならない状態だったが、そのうちの一体の背中に突きさし、もう一体にも剣を抜いた反動を利用して切りかかり頭に斬撃。
剣での攻撃の他に中級雷魔術相当の衝撃が入っているはずだ。
どちらもショックで動きを止めた。
「次!」
死体を足場に外に躍り出る。
だがインプはそれを待っていたようだ。
私が飛び出したところはいつの間にか半包囲されていて、インプが乗る一体を除きすべてが一斉に突っ込んできた。
「ちょっ……!お願い!持って!」
体全体に身体強化魔術を行使。
同時に身長の数倍の高さを跳ぶ。
-ガッ!ゴッ!ドガッ!
半円状に私を包囲していたダークベンソンは互いに衝突し合い、その角同士が互いの頭を貫き、あるいは首筋に突き刺さっていた。
「ゴオオオォォォ!」
「これならぁ!」
刺さり合い密集していた中央の一体に落下の勢いをつけて剣を突き立てた。
付与した雷属性そのままに。
「ガァアアアァアアゴアァアアアアアア!!!!!」
電流は火が燃え広がるよりも早く伝播する。
刺さっている角や触れあっている体表を介して強力な電流が彼らを焼き、断末魔の悲鳴が響き渡る。
彼らはひとしきり断末魔の悲鳴を上げた後、ドドドンと音を立てて斃れた。
「次!」
これで大半は片づけた。残りはインプを乗せた個体だけのはず。
と思って着地してから振り向いたら、そこにはその個体が既に目の前にいた。そして何かが突き立てられようとしていた。
ー!!!!!
間一髪で串刺しを避けた。
目の前をインプが持つトライデントの先が通過していく。
ー早い!
まるで槍騎兵の槍を何とか躱し続ける歩兵のようだ。
トライデントが横に振っても使えるロングソードの類だったらとっくに斬撃で殺されていただろう。
でもこちらのショートソードには雷属性が付与してある。だからトライデントの刺突攻撃を剣で止めれば勝てるはず、それなのに!
ー体がついていかない!
もうのけぞりながら避けるのに精いっぱいで剣が上げられない。この子の記憶が正しいならこれでも剣を振り上げてどうにかするくらいはできるはずなのに!それなのに!
「あ……!」
さっきの身体強化魔術。
原因はアレだ。もう体が限界を迎えていて逆に疲れで体が重くなっている。
「早すぎる…」
前世でカーターやアレクに身体強化魔術をかけていた時は魔術それ自体の効果が切れるまで走り切ってくれたのに!
鍛え上げられた勇者パーティーとこの娘を比べても仕方ないのはわかっているが、それでも早すぎる!
耐えられなくなった下半身が止まって、尻餅をついた。
ああ、ダメだ。もう避けられない。
騎上のインプがトライデントを構え私の体にそれを突き立てようとした。
ただ、剣がダメなら私にはこれがある。
地面に手がついている。
「アースランサー」
土槍がインプごとダークベンソンを磔刑に処して、終わった。
「助かったぁ……」
冷や汗が滴る。いつの間にかレザーアーマーの内側は汗でびしょびしょだ。
何とか終わったと思ったけど、魔王との戦いから軽く50年。すっかり警戒心というものが薄くなってしまったらしい。
少なくとも、周りへの注意をしきれない程度には。
脇の森から、ダークベンソンが追加で十数体、突進してきていたのだ。
「は?」
目前に迫ったダークベンソン。
緊張がゆるんで息をついた私。魔術を発動させよう、そう考えた時には遅かった。
間に合わない。
死んだと思った。
だが、そうはならなかった。
ービュビュビュビュ!
無数の矢が空間を飛翔し、ダークベンソンの群れに大挙して突き刺さった。
私の目前にいた個体にも横から数本の矢が命中し、突進の勢いのまま私のすぐ傍を通過し、角を肩に掠らせながら斃れ、動きを止めた。
同時に、十数騎の武装した男たちが駆る騎馬隊が矢を浴び勢いが止まった群れに側面から突入。長槍で騎馬の勢いのまま屠る者、剣で切り裂く者。
残ったダークベンソンはあっという間に狩り尽くされた。
いつの間にか、町の男たちが戦っていた方も同じように狩り尽くされていて、魔物の襲撃は幕を閉じた。
「いやー、大量だねえ!ダークベンソンのお肉は美味しいから、これからバーベキューかな?」
森の中から、ひときわ目立つ煌びやかな格好をした男が護衛を引き連れ現れた。剽軽にそんなことを言った男。
この男こそが、待っていた隊商を率いる男。
大商人ユーリィムだった。
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プロローグ1,2並びに第1章をご覧いただきありがとうございます。
これから彼女は失われた魔術を求めて世界を旅していくことになります。どんな旅路が待ち受けているのでしょうか。お付き合いくだされば幸いです。
ところで、最初に書きましたが全部書き終えていまして、リアルの都合次第ですができるだけ日刊か隔日刊を目標に投稿を続けていきたいと思っています。厳密に数えてはいませんが、日刊ですと概算で年末年始くらいに完結できる予定です。
個人的には1回でストレスなく読める量って3000文字前後かなと思うのでできればそうしたいと思いますがキリの良さとかで多少前後します。ご了承ください。
また、途中幕間と題して前世でのお話を織り込んでいく予定です。
幕間は本編ではないので早く本編に戻るために幕間の投稿は1投稿あたりの量が増える予定でおります。
改めましてよろしくお願いします。
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