第6話 防衛隊


 あれから二十日ほど。

 町の人達からの依頼をこなしていくうちに少しずつ顔が売れてきたようだ。


 朝夕の食事がつく宿代+お昼ごはん代を超える金額の依頼を満遍なく受けていくうちにいろいろと頼られるようになっていた。

 どうもこの町には魔術師がいないらしい。

 初級魔術しか使えない私なんかが魔術師扱いされるのはどうかと思うけど、魔術が必要とされる何かがあればギルドをすっ飛ばして直接私のところに依頼が舞い込むようになっていた。


 きっかけは火事になった家を水魔術の連発でボヤ程度に収めたことだった。この件で私は町の人達から信頼を勝ち得たらしい。


 ただ仲介手数料が取れなくなったギルドのおばさんから睨まれるようになったので、一応手数料相当額をギルドに納めつつ日々の仕事をこなしていく。

 日々お財布の中身は潤っていき、当初10日くらいしかいられないと思っていた財政事情は60日分くらいにまで増えた。いろいろ買い物をしたのにだ。


 そんなことが続いたある日の夜。


 今日も一日働いたし体を動かした。

 最初と比べて少しだけ素振りやトレーニングの回数を上げるようになった。まだまだこれからだけど、最初はできなかった”後もう一回!”ができるようになったのは成長を感じる。

 もちろんしんどいことではあるけれど、前世の苦労を考えたらこれくらい。


 そんなわけで今日もベッドに入って眠りに落ちようとしていたのだけど、突如町中に鳴り響いた甲高い鐘の音によって覚醒に引き戻された。


「えっ、ちょっと、何!?」


 窓を開けて外を見たら、鎧を着こんだ男衆が城壁に全力で向かっていく光景が見えた。


ードンドンドン!


扉が叩かれた。


「レベッカ嬢ちゃん、起きてるね?」


宿の店主だ。


「はい!何があったんですか?」


「まもなく魔物の群れが襲ってくる。嬢ちゃんは少しは戦えるね?手を貸してくれ!」


魔物の襲撃!?となると是非もなし。


「わかりました。すぐに支度します」


「悪いな!急いでくれ!」


 ササっとこの間修繕を済ませたレザーアーマーを着こんでショートソードにナイフを身に着け、準備完了。


 二階の部屋から一階に降りたら顔なじみになりつつある他の宿泊客のうち戦える者たちが集まっていた。


「よし、これで戦えそうなのは全員だ。客なのに悪いな。でも城壁が破られたら住人も客もないんだから勘弁してくれ」


 ここにいたのは私と店主以外は5人。弓矢持ちが一人、剣を持ったのが3人。


「弓矢のあんちゃんだけは城壁に昇って兵と一緒に外の魔物を攻撃してもらうが、後の3人は伝令や輸送に治療役だ。町長が中央の広場にいるから、指示に従ってくれ」


頷いた4人はさっさと宿を出ていく。


「あの、私は?」


「悪いが、嬢ちゃんだけは町長から指示があってな、城壁を出て戦ってもらいたいんだ」


「はい?私が?」


「ああ、察してるとは思うがこの町には魔術を使える人間が嬢ちゃん以外居ないんだ。この町の戦力じゃあ、城壁全周囲を守れねえ。だから外に打って出て積極的に魔物を引き付けて狩っていかねえと守り切れねえんだ。頼む。協力してくれ」


 あー、そういうことね。

 町に私しか魔術使いがいなかったからいろいろと都合がいいと思っていたら裏目に出たわ。まあ、しょうがないか。


「つまり私は打って出る部隊の援護役、ってところね?」


「話が早くて助かる。首尾良くいったらしばらく宿代サービスさせてもらうぜ」


「ふふ、期待してるわ」


 ……といったものの、いざ打って出る人達のいる門の前に行ってみると、私含めてたった10人。

 これで魔物の群れをどうにかしろっていうの?

 どうしよう、逃げたい。前世みたいに魔術何でもアリみたいな状況だったら私に任せて全員寝てていいよとまで言えるのに。


「嬢ちゃんには悪いが、ここにいるメンバーで外に出て戦わなきゃならねえ。本来はここの住人以外にはやらせられねえんだが、あいにく男共の一部が王都に出かけててよ、どうしても人数が足りねえんだ。援護に徹してくれればいいから、頼む」


そこにいたまとめ役の男から頭を下げられた。


「もういいわよ。そういうことは言わないで。で、私達はいつ出るの?」


「上の連中がおっぱじめて少し経ってからだな。上の連中の弓矢や投石に魔物が気を取られたところで一気に討って出て横から数を減らしていくって寸法だ。いつもこのやり方でやってる」


「わかったわ」


 そんなやり取りをしてからもう一度装備品や靴紐の緩み、持ち物などを確認していたら、まとめ役の男、武器屋の親父が感心した態度で言ってきた。


「嬢ちゃん慣れてんなあ。こんな状況でも落ち着いてやがる」


 そりゃ前世では魔王様やその直属の部下たちを相手にしてましたからね。初級魔術しか使えないとは言え、ビビることはないわよ。あれらと比べればマシ。

 この町で売られている装備や、城壁の上の弓矢持ち、そして今目の前にいる粗末で魔力付与もない鉄製装備の民兵だけで狩れる魔物なら、気持ちの上では遅れは取らない。


「嫌だなあおじ様。内心ビクビクですよ」


 問題は、この非力な体でどこまで戦えるか。魔術はともかく、剣を振ることになったら長くは持たない。


ー来たぞ!


 城壁の上から声がした。同時に、甲高い音の鐘が鳴り響く。


ー放てぇ!


 城壁の上の弓兵達が一斉に矢を放つのと前後して足元を震わす、地鳴り、地響き。

 雑多な魔物の咆哮が城壁の外から聞こえてくる。


ードガン!


「うわっ!?」


 目の前にある門が外から強烈に打ち付けられた。


「外の魔物が突っ込んできたんだ。大丈夫、これくらいなら壊れやしないさ」


 魔物は門も壁も区別をしないらしい。木材と金属でできた門への衝突音の他、石壁に衝突する音も響き渡る。

 城壁の上から弓矢や長鎗で魔物を狩り取り、それらに魔物が気をとられ門の前が空いたところで私達が出る。


「すごい数かもしれない」


 動物系の魔物の咆哮が城壁越しに轟きわたる。


「ああ、軽く100はいるだろうな。今日は200の大台に乗るかもしれねえ」


 私達が出るときは多少は数を減らしているだろうけど、大丈夫なのだろうか。その間にも次々と城壁や門扉に魔物が突っ込む轟音が響き渡ってくる。

 正直、ここの門扉も城壁も、そこまで堅牢というイメージは持てなかったのだけど、本当に持つのだろうか。


「この辺りの魔物って、どういうのが多いんですか」


そういえばマトモに知ってる魔物は最初に出会ったアレくらいしか知らない。


「あ?大体は鹿が魔物になったようなやつと、小鬼と、でかい猿だな」

 

「今突っ込んできてるのが、鹿の魔物でダークベンソンってやつだな。たまに小鬼・・・インプが混ざっていてでかい猿みたいなエイプって魔物は滅多に見ねえ。定期的にこうしてベンソンの群れが突っ込んできやがるんだ」


「何のために?」


「さあな。だが奴らも人を食うからな。餌がたくさんいると思って来てるんじゃねえか?鹿らしく草でも食ってりゃいいんだがよ」

 

 そんな説明を聞いていたら、不意に門扉両脇の城壁から鐘の音が鳴り始めた。


「この鐘は?」


「ああ、あの鐘で門扉から魔物を引きはがすんだ。もうすぐ出番だぞ」


こんな雑なやり方でいいのだろうか。


「ねえ、普段これ、何人でやるの?」


「20人ってところだな!」


「え!?今半分しかいないよ?」


異議を呈そうとしたが、遅かった。


「じゃあ行くぞ!開けろー!」


門の両脇にいた女性陣が一斉に鎖を引っ張り、門扉が開いていく。


「すり抜け防止に長くは開けねえからな!でるぞ!」


二人分の隙間が開いたくらいで、次々と男たちが飛び出していく。


「あ!ちょっと!……ああもう!どうにでもなれ!」


彼らに続いて、私も門の隙間を潜って、飛び出した。


「うわ……」


 引いた。門の外は魔物だらけ。ダークベンソンの群れが蠢いている。


 そもそも、100とか200とかいる魔物を20人そこらでどうにかするというのが違和感があったが、こういうことかと納得した。

 ダークベンソンの多くは壁に突っ込んで刺さっている。

 刺さってもがいているところを上から長鎗で首筋を突き刺し、あるいは弓矢でダメージを与えて弱らせ、動きが鈍くなったところを外に出た者達でとどめを刺す。


 なるほど、こういうことか。

 粗末でボロに見えた城壁の理由がこれ。


 わざと城壁の外側を脆くしてダークベンソンを誘引していたのだ。

 彼らの角が刺さりやすくして、抜けなくして、上から狩る。

 一方門扉の外側はそれなりに厚い鉄板だ。これでは流石に角も刺さらない。


「嬢ちゃん!始めるぞ!」


「あ、はい!」


 男達は門扉を出てからまず向かって右側を掃討していく。

 動きが止まっている魔物から速やかに首を跳ねていくが、その前に角を強引に壁から抜き襲い掛かってくるものもいる。


 だがこの魔物の最大の武器は猛烈な突進と角での突き刺しだ。

 だから正直、距離が取れず助走もできない状況では大して怖くない。

 

 突進できないダークベンソンは相手が近くにいたら角を振り回すくらいしかしないのだ。角は相応に硬いし、当たれば皮膚が裂けるくらいはしてしまうだろうが、突進から強烈な衝撃と共に角を突き立てされるのと比べたら遥かに倒すのは簡単だ。

 ぶんぶんと首を振り回すのに対応して固い角を雑に振り回される剣のように解釈すれば、あとはこちらも剣で対応しつつ、相手が振りかぶった時に踏み込んで首を狩ればいいことになる。

 ただ、今回の問題は時間がないことだ。

 城壁上からの弓矢や長鎗でそれなりに削られているとはいえ、数が多い。もたもたしていると四方八方からダークベンソンが次々と襲ってくることもあり得るのだ。

 だから1匹相手にかけられる時間はほとんどない。


「おらぁ!次!」


 そうして五体、六体と刈り取ってゆく。

 

 私は彼らを尻目に、主に門扉をでて左側にいた魔物の足止めをしている。


「ファイア-ボール!」


 火属性の初級魔術。もう初級魔術しか使えないと割り切ることにした。だからこれで最大限やるしかない。


 放たれた火球が、反対側の壁から角を抜き去り、城壁からの攻撃をすり抜けこちらに突進せんとするダークベンソンに直撃。

 火だるまになりもがき苦しむところにさらに2発目、3発目を撃ち込む。


 これだけ撃ち込めばまとわりついた業火はもう消えない。


「次!」


 2体並んで襲ってきたダークベンソンの足元に穴を発生させる。勢い余った彼らは派手に躓き転倒。足を折ったところを逃さず首筋に刃を突き立てる。

 先日のように血が噴き出す。だが次から次へとやってくるためとどめを刺す暇はない。黙らせればそれでいい。


 そうやってこちらも5体、6体と倒していったが数が多い!

 時間が経つたびに新手はまっすぐこっちに突っ込んでくるし、壁から抜けた奴もこっちにやってくる。

 

「まずい!抜かれる!」


 ここを抜かれてしまったら背後の味方がやられてしまう。


 そうして私は剣をあきらめた。

 思ったのだ。初級魔術しか使えないのなら、初級魔術を”たくさん”使えばいいんじゃないかと。質が伴えないなら、量でなら!


 地面に手を当て、魔力を流し込む。


 こういう使い方は久しぶりだ。前世の戦いの終盤は強力な敵1体を倒す戦いが続いていたからだ。いつだったか、百を数える魔物の軍勢に上級魔術を叩きつけて一瞬で殲滅したことだってあるくらいだ。あれを思い出す。

 次々と迫ってくる魔物の群れ。

 視界内に味方はいない。

 範囲は自分から前方一帯!


 一瞬だけ背後を確認。あっちで戦ってる男たちはこっちの状況に気づいていない。


 範囲の魔物は数十体。

 私に向かってくるもの、私を無視して後ろに抜けようとするもの。

 まとめて蹴散らす!


「アースランサー!」

 

 軽い頭痛を感じるほどの大量の魔力を流し込み発動した初級の土属性魔法。

 本来、単体の相手の足元に金属や陶器に近い硬さの土槍を生み出し串刺しにするもの。地表にいる魔物にしか効果が望めないが初級にしては攻撃力の強い魔術。

 だが私がやったのは面制圧だ。3体や4体に大して使うものとは違う。精神に焼き切れるような負荷がかかるが、押し切る!


 夥しい数の土槍が一面に発生し、そこにいたダークベンソン数十体はほとんどが串刺しになり、磔になった。運よく逃れた数体も無数の土槍がその行く手を阻み、何が起きたのかわからないように右往左往するだけ。


「……アースランサー」


 今度はきちんと狙いを定める。

 残った数体の足元に再び土槍を作り出し、同じく磔にした。

 

「よし」


 こっちは終わった。

 遠目にはまだ別の集団がいるけど、あれがこっちに来るのはまだ先だし突っ込んでくる気配はない。

 振り返ると、あっちも終わりつつあった。けが人は出ているものの、残り3体をそれぞれ3人で囲んでとどめを刺すところで、そして今終わった。


「ふう、次はあっち側だな……なんじゃこりゃあ!」


 彼らが見ていたのは、私の後ろにあたかも磔刑にされたかのように並ぶダークベンソンの死屍累々だった。


「ああ、こっちは終わりました。まだ遠くに魔物は残っていますけど。少し待っていてくださいね。確実に出血多量で死ぬまでこのままにしておきたいんで」


 そう言って遠くの魔物を処理しに行きましょう、そう言おうとしたが彼らはぽかーんとした顔をしたまま動いていないし、よく見たら城壁の上にいた者たちも死屍累々を見て動きを止めている。


「え……なに?」


「嬢ちゃん…あれ嬢ちゃん一人で?」


「いえ?城壁の上の皆様と一緒ですよ?」


 そういう作戦じゃないか、そう思ったが、彼らが言っているのは土槍に刺されたダークベンソンのことらしい。


「ああ、あれらは私です。初級魔術でもなんとか面制圧を……ああすみません!怪我人がいるんですね!治療しますから」


 ダークベンソンが振り回した角に当たったんだろう。

 腕に裂けるような傷を負って血を流している男がいる。彼は確か、屋台で評価に困る味のサンドイッチを売っている人だ。

 彼の傍に駆け寄る。

 なんだかんだで手軽で気軽に食べられるものを作ってくれる彼のお店は貴重なのだ。お礼も込めて丹念に治療させてもらおう。


「少し我慢してくださいね……ヒーリング!」


 彼の手に添えた右手から淡いブルーの光が生まれ受傷部を包む。

 初級治癒魔術のヒーリングはこういう怪我を治すためにある魔術と言ってもいい。切り傷や浅めの刀傷。そういったものなら綺麗に治る。

 この傷もヒーリングの射程範囲内だ。

 

 十数秒後、治癒魔術での反応がなくなったから魔力を送り込むのをやめる。

 光が消えたそこには傷痕ひとつない腕があった。


「よし!終わりました。次に行きましょう」


「お、おう」


 さっきから気になっているのだ。

 遠めに群れを形成しているダークベンソン。あれらはどうも突進一辺倒だったさっきまでの集団とは違う気がして。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る