第5話 労働と鍛練


 あれからヘトヘトになるまで、前世で夫がやっていたトレーニングと同じことをできるだけやってから、町に帰ってきた。

 同じことといっても分量としては1/5にも満たない。


 前世の若い頃に遊びで何度か付き合ったことはあるけど、その時はもう少しできたはずだ。つまり前世の若い時の私以下の体力しかないことは明らかだ。


「鍛えなきゃ、でもずっとここにいられるわけじゃないしなあ」


 そう、例の商会が来るまで体を鍛えるにしても、その前に資金が底をついてしまうかもしれない。

 宿の金額表と手持ちのお金や宝石類、そして宝石換金レートを眺めると精々30日くらいしかこの町にいられないことが分かった。

 それまでに大商人が来るとは限らないし、そもそも商人相手にタダでメンツに加えてもらえるかもわからない。

 それに旅人にとってお金は命の次に大事なものだ。命とお金さえあれば再起はできるわけだから、お金を使い切るわけにはいかない。


「働かないと」


 そう思いたち、ギルド出張所というところに貼られていた町の人達の小間使いの依頼を受けようとしたら、受け付けのおばさんにこんなことを言われた。


「嬢ちゃん、冒険者カードを出して」


……なにそれ


「え、すみません。持っていないのですが」


この間この体で目を覚ました後に手荷物は全部確認したがそんなものは出てこなかった。


「なに?持っていない?今の御時世珍しいねえ」


「冒険者カードって何なのでしょうか?」


「嬢ちゃん、隊商の生き残りって話だったけど本当かい?知らないはずがないんだけどねえ」


 まってください、常識レベルのことなんですか?どうしよう、えっと…

 この体の記憶の掘り起こし方がよくわからないところもあってでてこない。


「実は、聞いてください。生き残れたのは魔物に追われて森を逃げる途中崖から落ちてしまったからなんです。大けがはしなかったみたいですが頭は打ったみたいで、その、実は思い出せないことがたくさんあって……」


目を伏せ、さぞかしつらい思い出のように振舞いながら大ウソを吐いた。


「あらそうなのかい!災難だったねえ。仕方ないねえ、教えてあげるよ。冒険者カードは世界共通の通用力がある、身分証明書みたいなもんだね。依頼をこなしていくたびにランクが上がって、より難度の高い依頼を受けられるようになるよ」


へえ、そんなものができたんだ。私の時代にはなかったよね、そんなの。

あとおばさんちょろいな。


「作っていくかい?」


「はい、おねがいします!」


 そう言うと受付のおばさんはカウンターの下からグレーの金属とも陶器ともとれるが木製ではない手のひらサイズの薄い板を取り出してきた。


「嬢ちゃん、魔術は使えるかい?」


「はい、少しは」


 本当に少しだよ。とほほ…


「なら、このカードの四角く囲われてるここ、ここに親指を当てて魔力を流し込んでみな」


「わかりました。……こうかな?」


 言われたとおりに親指から魔力を流してみる。


「へ…?うわ!」


 魔力を流した親指の部分からグレーの色が変化し、四角く囲われたところには自分の顔が表示され、名前、冒険者ランク、そしてパーティ欄や職業欄が表示された。


「すごい……こんなことができるんだ」


 名前はレベッカ・ファルシオン。何とこの子には剣の名を冠する苗字があった。

 冒険者ランクは最低のF。パーティ欄は当然空欄で、職業欄は魔法剣士と表示された。


「ん?嬢ちゃん、珍しいね。魔法剣士なのかい?商人じゃなくて?」


おばさんは訝しむような目を向けてくる。これはまずい。

 

「おかしいですね。あの、えっと、これって訂正したいときってどうするんですか?」


「ギルドで変更申請すればいいさ。でもここは出張所だからね。カードの初期発行はできるが記載の変更はできないのさ。変更したければもっと大きな街のギルドや支部に行くんだね。こんな辺鄙な出張所じゃ細かいことは管轄外だよ」


「わかりました。旅先で直すことにします。一応これでもこの依頼、請けられるんですよね?」


「ああ、職業問わない依頼だからそれは問題ないさ。やるかい?」


「やります!」


 依頼内容は、休耕地のただの草むしり。もうすぐ畑に戻すからその前提として草をどうにかしてほしいとのこと。歩いて50秒はかかりそうな縦と横の長さを持つ土地全体が対象だ。


 依頼主は町の隅に住むおばあちゃん。腰が悪くなってその手の作業ができなくなったから依頼をかけたらしく、正直稼ぎは良くないが新たな出発点としてこういう依頼もいいだろうと思った。


「おばあちゃん、これら、燃やしちゃダメ?」


「魔術でかい?」


「そうそう」


「そりゃダメだな。根が残っちまう。根から抜いてもらわねとだめだな」


「ですよねー」


 というわけで、やや依頼を受けたことを後悔しながら草を抜いていく。

 細かいのは残ってもいいから根を張ったやつはきっちり抜いてほしいとのことだったから、そういうのを見繕って抜いていく。

 

 「確かに、これは……腰に………クる!」


 これはおばあちゃんには無理だろう。若い私でもこうなる。前世の私の老後だったら多少の雑草を許容してでも面倒だからと燃やして解決していただろう。

 陽が落ちる直前までやって、進んだのは全体の半分もない。これは明日一日がかりだ。


 「あ”あ”あ”あ”……足が……腰が……笑ってる……」


 果たしてこれは対価に見合うのか否か。否に決まってる。

 宿代とお昼代1日分にしかならない。

 最初だからと何も気にせず気軽に依頼を受けてしまったが、失敗した…

 

「赤字じゃない、これじゃ」


 請けてしまったものはやるしかない、せめて次はもっといい依頼を探そう。

 宿のベッドで力尽きながら、強く決意したのだった。

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