第4話 できること、やるべきこと



 翌日、朝食を摂った後一度城壁の外に出て、町から少し離れた荒野に来た。

 この辺までくると畑もなく、もう人の生活圏という感じはしない。


「さて、やりますか」


 ここ数日の出来事を振り返り、現状に一つの仮説が立っていた。それは、”初級魔術以外使えないのではないか”ということだ。

 仮説というか、ほぼ確定した事項だとすら思っている。

 だから一通り試した。


 火の上級魔術 ヘルファイア・エクスプロージョン

 水の上級魔術 デッドウェーブ

 氷の上級魔術 アブソリュート・フリーズ

 風の上級魔術 ギガント・トルネード

 

等々。

 いろいろと試してみたものの、どれも出るのは初級魔法の言ってしまえばショボいやつばかり。本来はもっと人里から離れて使うほうがいい魔術達だけど、どうせ使えないでしょと思ってこの場所で試して、やっぱり駄目だった。

 精神、あるいは魂の中に納められている魔力を上位の魔術に変換するところまではうまくいっているはずなのだ。それなのに出力される際になぜか再度初級魔術に変換されてしまう、今感じている現象はそういうイメージだ。

 何度考えてもどういう理屈でこうなるのかさっぱりわからない。


「うーん、初級魔術でもそれなりに戦えるっちゃ戦えるけど…」


 ぽぽぽぽぽっと同時に発生させた複数の火球や水球を標的とした大岩に投げつける。


 火は付けられる。水も出せる。土くれも作り出せて風を吹かせることもできる。でもこれでは楽には戦えない。日常生活に不便はなくてオマケでちょっと戦闘でも使えますという段階でしかない。

 これをより攻撃性のある魔術にしようとするとたちまちできることが少なくなる。


 火球や水球、氷の矢は飛ばせたが、空気の塊をぶつける魔術は使えても空気で相手を切り裂く中級に属する魔術は使えない。そして土の壁を作ったり地面に陶器のような硬度を持たせた土や石の槍を作ったりできるが、地震は起こせない。


 要するに、使えたのは全部初級魔術だ。


 困った。これでは差別化ができない。

 そもそも魔術師というものは、多少の向き不向きはあるが3つか4つくらいの幾つかの系統の初級魔術が使えて、何かしらの系統の中級が1個できれば一人前。どの系統でもいいから上級魔術が使えるならば小さな町の魔術学校で教官ができる、複数系統で中級上級どちらもいければ宮廷魔術師や魔術師団長も夢じゃない、そういうものだった。

 それこそ上級魔術を複数系統使えるなんて大き目の国に数人いるかいないか。

 だから聖女の専門領域である神聖魔術系統を除き、すべての系統で上級魔術を使えた私は前世では”大賢者”とか”大魔術師”なんて呼ばれていた。実はもっと上も存在していてそれらも使えたけど実用性がまったくないので普段無視していたが。


 こんな風に初級魔術しか使えないのでは、他の魔術師との差別化ができず埋もれてしまう。その結果は、いい職業につけない、稼げない、ちやほやされない等々いい未来が想像できない。

 たとえば、魔術学校の校長とか、どこかの王国の宮廷魔術師とか、そういう実入りのいい職業に就くことは絶望的だろう。


「困ったなあ」


 前世の私は魔術に関しては凄かった。お世辞抜きに凄かったのでどちらかと言うと敬遠された。だからといって慢心とか増長していたつもりはないし謙虚に勤勉に過ごしていたつもりだったけど、だからこそ魔術ができない場合の振舞い方がいまいちわからない。


「ああでも……」


 よくよく考えたら、攻撃魔術だけじゃないじゃん。

 そもそも普通の攻撃魔術は、上級のものであっても魔王やその直属の部下たちには効果が薄かった。

 だから魔王討伐の最終盤は別の魔術の使い方もしていたんだった。


 日々の生活では使わなかったなあ。えーっと、どうやるんだっけ。たしか ……


 ショートソードを抜いて両手で持ち、念のため余分に精神を集中させて


「ファイアエンチャント!」


 一定時間、剣に炎の属性を付与する付与魔術。

 みるみるうちに手に魔力が集まり、剣の先まで魔力が満ちていく。


ーボウッ!

 剣が炎に包まれた。


「おお!できた!」


 特に前世と変化がなければ、この剣はあと5分、炎と熱を発し続け、物理攻撃が通らず魔術しか効かない死霊のような魔物にも斬撃ダメージが通るようになる。

 属性の付与とはそういうものだ。物理攻撃と魔術の攻撃を並列で併存させる。


 しかし魔王と戦っていた時はアレクやカーターが持った武器に遠くから付与魔術をかけていたから、きっちり5分で手元の剣の付与魔術が切れて熱さが収まったタイミングで、実験してみる。

 テーブル状になっている大き目の石を見つけてショートソードを置き、10歩ほど離れる。


「よし……ブリザードエンチャント!」


 手から放たれた魔力が剣に吸い込まれ、ショートソードは真っ白な氷を纏い始めた。それを手に持つ。刀身から冷気が出ている。

 試しにその辺に生えていた雑木を斬る。

 切断された雑木は凍り付いた。成功だ。


「なるほど、付与魔術は普通に使えるのね。これは収穫だわ。じゃあこれは?」


 また5分ほど経って氷の付与が終了したショートソードに、雷属性の付与を試してみたら、同じようにできた。


「よし、これは、いけるぞ……」


 割と展望が開けた気がした。何故かというと、電流の付与魔術はその剣を持つ当人はなぜか影響をうけないが、触れた相手に感電の効果を与えるのだ。相手の剣と鍔迫り合いをするような、金属製の接点を持つならばその効果は飛躍的に向上する。なお、他人を介した電流はこっちに普通に効いてしまうのでそこは注意が必要だ。

 つまり先日のような魔物に遭遇しても、とにかく先手を打って一太刀を浴びせさえすれば相手の動きを相当程度制約できる。

 属性付与効果の載った武器での攻撃は、時には中級攻撃魔術の威力に匹敵するのだ。


「生きていけるかもしれない」


 これだけのことができれば、たとえ強力な敵や魔物に出会ってしまったとしても逃げ切るくらいはできるだろう。

 そこまで思い至って、ふと、この体の記憶をたどった結果一つの結論に達した。


「これは、転職ね」


 この有様では魔術師としてはやっていけない。

 初級魔術しか使えない分際で魔術師を名乗るなどおこがましい。

 この体は、多少は剣が使えていたようだから”魔法剣士”の方が向いているかもしれない。

 付与魔術ができるのだ。その場に応じて臨機応変に戦い方を変えていきながら戦うことでそれなりにやっていけるだろう。


 ただし、それにはこの体はあまりにも非力だ。鍛えないといけない。

 剣術それ自体は別として、幸いにして剣士としての日頃の鍛練のやり方は前世の夫カーターの日々の生活をうんざりするほど見てきたし、なんなら散々付き合わされたからわかっているつもりだ。


 例の大手商会がいつこの町に来るかわからないけど、それまでは体を鍛えよう。

 そう決意して、早速素振りを始めた。

 

 ・・・・・・


 数分後、草むらに大の字に倒れた。


「あ”ー!もう無理!なんでカーターはこれを一日500回とかできてたわけ?」


 この体の細腕では、比較的軽量のショートソードでも40回が限度だった。

 剣術の前に筋トレが必要みたいだ。

 体を作って、剣を鍛えよう。やるべきことは決まった。

 二度目の人生を楽しく生きるために、やれることだけでもきちんとやらないと。


 そのほか、いろいろと試してみた。身体強化系の付与魔術もいい感じの効力。

 剣を振れば空気を切り裂く鋭い音が出るし、思いっきり地面を蹴れば身長の何倍も飛び上がることができた。

 でも体がもたないことも発覚。魔術が切れた瞬間耐えがたいほどの倦怠感と体がギシギシ悲鳴を上げる。

 これは控えめにしよう、そう決めた。


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