第3話 いろいろと調べます


 二日後、夕方。

 ついに町にたどり着いた。

 

 山々に囲まれた小規模な盆地に所在する町。


 上を人が通れる通路があるが外側はややボロボロで簡素なレンガや岩石造りの城壁に囲まれ、50軒を超す建物が立ち並び、そのうちいくつかは旅人が宿泊できるようになっている 宿屋の機能を持つ施設だ。


「やっと着いた……もう休みたい……おなかすいた……」


 先日獲得したお肉は既に食べつくしており、食糧はギリギリだった。

 大きな誤算が一つあった。この体は成長期で若いのだ。年老いた前世基準でお肉を回収していたのは失敗だった。

 若いとは、食欲がすごいと言うことだというのを数十年ぶりに思い出した気分だ。食べても食べてもお腹が減るからついつい口にしてしまい、今日のお昼前には食糧を食べ尽くしていた。

 城壁は夜を迎え今まさに門が締め切られるところだったが、門番の兵士に隊商が全滅して命からがらここまで来たんですと涙ながらに語ったら入れてもらえた。

 あの隊商が全滅したという報告自体はこの町に届いていたらしい。


 目立っていた建物にあった宿に部屋を取り、提供された粗末なパンとスープと干し肉を焼いたものを口にしたら、もう駄目だった。


「ね、眠い。水浴びは……明日で、いいや……」


 ベッドにダイヴしたら、泥のように眠りに落ちた。

 お世辞にも上等な寝床ではなかったけど、土と砂や枯葉の布団と比べたら大分心地よかった。



 翌朝


「うー、体中が痛い。治癒魔術も……相変わらず効かない……」


 根本的にこの体は体力がない。そりゃ並みの旅人くらいはあるだろうけど、魔王と戦うことを前提としていた前世の若い時と比べたらひどいひどい。

 さっきからエクスヒーリングをかけているつもりなんだけど、出るのは普通のヒーリングだけ。これではこういう体の芯から来るような疲れや痛みにはあまり効果がないのだ。

 目立った切り傷とか擦り傷とかは治るし、あるいは筋肉痛の緩和にはなるけど、それ以上の効果を望むなら中級治癒魔術以上が必要だ。

 

「ハイ・ヒーリング!」


 そうだ中級治癒魔術なら、そう思って前世では半端ものでほとんど使う機会がなかった中級治癒魔術を使ってみたが結果は同じ。


「なんで……なんで初級魔術しか使えないの~?思ってたのと違う!」


 ボフボフと薄めで硬めの枕に八つ当たりする。なんでこうなるのか。


 基本的に魔術というのは肉体に依存するということはないはずだ。魔術はあくまでも精神面の話。もちろん魔力が生まれつきものすごく少ない人というのはいるし魔力自体はあるが魔術が使えない人もいるから、その意味で使える魔術に事実上天井がある場合もある。

 

 神話の転生モノの物語でも転生した先で最初から上位魔術で無双する神々やその尖兵の描写は遠慮なく描かれているから、決して使えないということはないだろうに。

 もう一つ言えば、中・上級魔術を使おうとして別の魔力の出し方をしているにもかかわらず初級魔術が出てくることの理屈もわからない。

 もう少し、こう、大魔術師としての力を生かしたもっと楽な転生先の後世世界を堪能したかったのにどうしてこうなった。


「疲れ……いや、違うよね。何か理由があるはず」


 それでも、こういうときは原因と思しき要素を一つ一つ潰していかないといけない。

 体力面は本来関係ないはずだが万が一もある。先ずはここで数日休もう。幸いにして向こうしばらく部屋と最低限の食事だけで宿泊する分には問題ない程度の手持ちはある。無駄遣いはできないけど、まずは万全にしたほうがいい。


「今日明日は休もう。でも、買い物はしたい」


 いつまでもこんな辺鄙な町に留まっているわけにもいかないのだ。

 ここはどこだ、何が売っているのか、根本的に今は何時なんだ。


 どうにもこの子の記憶の掘り起こしがうまくいかないからわからないことが多すぎる。

 そこでまずは情報収集をすることにした。


 水浴びをして、用意されていた軽食を摂り、宿を出て数件の店が並ぶ場所に出た。

 この町は典型的な宿場町で、城壁で囲まれた中に宿屋の他は数軒の商店と、鍛冶屋と、馬のレンタルと、雑貨屋兼魔道具屋と、その他一般食料品店といった商業施設が十数軒あり、そしてギルドというものの出張所と書かれた店があるくらいだ。

 他は全部そこで働く人や農家が暮らしている。

 別の言い方をすれば、街道が廃れれば同時に廃れていくような町だ。


「すみません、これください」


「はいよ」


 衣類を直す必要があり、裁縫具と多少の布地を購入する。別になくてもいいものだが、買い物が目的じゃないからだ。


「ねえ、教えてほしいんだけど、ここってどこの国なのかしら。私は流れ者だから地理とかには疎くって」


「ああん?ねーちゃんよくもまあそんなことも知らずにきたな」


「ごめんなさい。その辺をきちんとしてた連れが途中でみんな死んじゃって」


「ああ、ねーちゃん、ひょっとして数日前に全滅してたっていう隊商の生き残りか?」


「うーん、多分そうかもしれない。命からがら逃げ出してきたから」


「おや、そりゃ災難だったな。最近魔物が活発になりだしてな。そういう事件も多くて商人共が護衛の確保にてんやわんやしてるぜ」


「そうなの、物騒ねえ」


「ここはヴェルド国のカヴァルって東海街道にある宿場町で東の先は海、西は王都ストウカルージュまで続く道のほぼ中間ってところだな」


「ヴェルド国ってどれくらい歴史があるのかしら」


「ああん?それは知らねえなあ。じいちゃんばあちゃんのときにはもうヴェルドって国名だったみたいだから、100年は続いてるんじゃねえか?」


「そう、ありがとね。お兄さん」


「おうおう、嬉しいねぇ。こんなおっさん口説いたって安くならねえぜ」


「あら残念。教えてくれてありがとね☆」


 あまり居座っても仕方ないから、笑顔をプレゼントして店を出た。

 うーん。ヴェルド国、聞いたことがない。東に海がある?東に海があるような場所はいくらかは行ったつもりではあるけど、ひょっとして別の陸地?前世でも全世界回ったとかそういうことではないから、そういうところかもしれない。

 植生がここまで違うんだからそれもあり得るのか。


 町の周囲を探索し、お昼になった。そして道すがら、宿の食事は朝と夕方しか出ないから、露店にてパンで干し肉と葉物野菜を挟んだものを買い、町の真ん中付近に設けられた池の脇にある大きな石に腰かけて、それを食べている。


「ん-、微妙ね」


 美味しいか不味いかの二択で聞かれても困る味。

 食べられないものではないが、積極的に食べたい味でもない。

 そもそもああいうお店で味を期待してはいけないのだ。今のところ収入のあてもないから手持ちの資金は大事にしないといけない。

 こんな小さな町で働き口なんかそうそう見つかるわけでもないから、情報収集と体の休養が済んだらすぐに旅立つ必要がでるかもしれない。

 王都があるという西の方に行こう。


 そんなことを考えながら食べ終わって、ふと池を覗いてみた。

 色鮮やかな魚が泳いでいるのが目に入ったから気になったのだ。


「綺麗……」


 ふと、魚に負けない鮮やかな紅が目に入ったから、より足元の水面に目を向けた。

 水面は、とても穏やかで、透明な膜のようで、黒土質の水底のせいかまるで鏡だった。

 そこには、”私”がいた。

 この間見たようなぼやけた姿ではない、はっきりした姿で。


「ああ、これが、私」


 首の中ほどまで伸びた紅い髪、可愛い系と綺麗系で言えばどちらかというと可愛い系に属する顔。


「……悪くないじゃない」


 ぺたぺたと頬を触ってみる。

 前世の顔はどちらかといえば綺麗系だった。新しい自分と出会ったように思えて高揚感が湧き立つ。

 

「さっきのおじさん、まあ、この顔相手なら教えてくれるわよね」


 男性の美的感覚はいまいちわからないが、男性受けしそうな顔だということは理解できる。

 でもまあ、うん。


 どう付き合ったらいいのかいまいちよくわからないし、掘りだし方もいまいちよくわからない”この子”の記憶だが、15歳になるくらいということはわかっている。

 というか15歳、そういうことにしておこう。そうしよう。

 だから口に出して自分に言い聞かせた。


「まだまだ成長期だ。これから育つ」


 水浴びの時にわかってはいた。わかってはいたのだ。

 そう、女性らしさをもっとも醸しだす胸部は、お世辞にも大きいとは言えない程度の、ささやか、あるいは淡いと形容される程度の大きさしかなかったのだ。

 前世はこのくらいの年齢の時には既にそこそこの実りがあったのだが……。


***


 気を取り直して、再度商店に向かう。


 今度は武器屋。

 正直、武具や防具に関しては多少うるさいと思っているし目利きも多少はできると思っている。最低でもいい武具か悪い武具かの二択の判断くらいはできる。なんたって魔王と戦ったのだ。生半可な装備で挑んだらそれは死を意味していた。

 

 そんな感覚で並んでいる武器のラインナップを見て、絶望した。


(なにこれ……)


 顔には出さない。口にも出さない。こんな小さな町で積極的に誰かに嫌われようなら一瞬で追い出されることも十分理解している。

 だから無表情で淡々と武器を眺めていく。


 粗末な鉄剣や銅剣、猟師が使う弓矢に万能ナイフ。

 属性や魔力が付与されているような気の利いた武器は一振りとて存在しなかった。


(ここには目ぼしいものはないわね)


 杖も見てみるが、これにこの値段を出すくらいなら買わない方がマシだと言えるほど低ランクの、子鳥の額くらいの大きさしかない魔石がひっそりとつけられた杖しかない。場合によっては見習い魔術師が一番最初にもらう杖よりひどいとすら言えるかもしれない。

 正直、杖の補助込みでならもっと上の魔術を使えるのではないかと考えていたから、その実験は後回しにせざるを得なかった。


(お金を稼いで、大きな街でいいものを買いましょうか)


 何も買わないのもあれだったから、調理用や工作用として手のひらサイズの小型のナイフを購入した。

 その代わり主人の親父に聞いてみる。これは情報代だ。


「ねえ、ここから王都まではどれくらいかかるのかしら?」


「あ?そんなことも知らねえのか?」


やっぱりそう聞き返されるのね。


「私はただ着いてきただけだから、何も聞いてないのよ」


「そうか。まあ客だからいいけどよ、馬で急いで20日。歩けばその3倍ってところだな」


「そう、ありがとう」


「嬢ちゃん、商人か?」


「えっと…そのはずなんだけど、連れはみんな死んじゃったみたいで」


「ああそうか、例の事件のか。災難だったな」


「ええ、まあ。ありがとう」


 少し俯くように返事をした。


「いや、気を確かにな…そうだ、東から西への定期便がもうすぐこの町を通るはずだ。もし王都の方に行くなら、同行を頼んでみな」


「定期便?」


「ああ、大手の商会が東の方から年に一回特産品を輸送してくるんだ。次回はそう遠くないはずだ。何か役に立てるなら同行を交渉してみるんだな」


大手の商会の隊商ともなれば、護衛もきっちりついているはずだ。これは僥倖。


「ありがとう。助かったわ」


ウィンクをプレゼントして、店を出た。

この事態を打開できそうな機会が巡ってきそうだ。

それまでにやるべきことをやっておかなければならない。


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