第2話 食糧を確保します
翌朝
目を覚ました。
前世の最期の夢を見ていた気がする。転生術を行使して、その結果今ここにいる。私にとってはつい昨日の出来事なのに、なんだか遠く感じるのは気のせいだろうか。
「さて。体は……」
体は大分楽になっていた。若さの回復力は素晴らしい。その上夕方から明け方までぶっ続けで寝ていられるなんて若さのなせる業だ。前世最後は65歳だったから、感動すら覚えてしまった。
立ち上がって、少しその場を歩いてみるが、どこも痛くない。筋肉痛に近い違和感が少し残っているけど、山道の移動にも差し支えないだろう。夜の間に乾いていたレザーアーマーを着た。結構損傷しているから買い換えるか修繕しないといけないだろう。
「よし、いくか」
朝日が昇る方角から町の大まかな方向は把握できた。とりあえず歩きやすい場所を選びながらその方面に歩き出す。
手元の豆の量からすると二日以内に町に到達しないと飢えの問題が出てくる。
食べるものが亡くなり体力が低下してしまうとまずい。
そもそも魔物が出てくる森なのだ。
その意味では呑気に一晩寝ていたのは危なかったかもしれない。
ところで前世でもこの体の経験と記憶でも、こういう場所でのサバイバル術は共通らしい。
できるだけ尾根を選んで進み、川沿いは下らない。
水は魔術で確保できるから川に進むメリットもない。安全と効率を重視してオーソドックスに山を歩く。
尾根を伝う獣道を縫うようにしばらく歩き続けたとき、何かの気配を察知して立ち止まって大木の陰に隠れた。
ガサッ、ガサッ……
前方から何かが近づいてきて、藪からそれが現れた。
(あれは動物じゃないわ。魔物ね)
鹿によく似ているが、その巨大な角からは魔力が感じられる。
私の背丈よりも大きいくらい。
初めて見た魔物だが、さほど脅威とも思われない。
(鹿に似ているということは、食べられる、わよね?)
物理ではどれくらい戦えるかわからないこの体だが、体は肉を欲していた。だから狩ることにした。
新鮮な肉を確実に、できるだけ綺麗な形で確保したい。
ならばやることは決まっている。相手を麻痺させて動けなくしてから剣で動脈と気道をスッパーンと跳ねてやればいい。魔物だからそれで止まらなければ頑張って首を切り落とす。
周囲に他の魔物はいなさそうだから私が向こう数日食べるための肉は確保可能だ。血の匂いで集まってくるかもしれないが、その前に離脱すればいい。
手元の剣は商人にしてはよく手入れされていたから武器の不安もない。
そうと決まれば即実行!
大木の陰から姿をさらす。
「私のご飯になりに来るなんて殊勝な心掛けね!すぐに楽にしてあげるわ!」
「ショックウェーブ!!」
中級の雷魔術だ。体高が私くらいの動物系の魔物ならこれで必ず大ダメージを負い麻痺するはず。麻痺させた魔物をゆっくり解体すれば安全で新鮮な肉が手に入るという寸法よ。
右手からバリバリバリバリッと出てくると期待した電撃だったが、それは私の期待を裏切った。
ピリピリピリ……
「は?」
確かにそれは電撃で、確かにそれは狙いを違わず魔物に命中したが、期待したロープのような太さの電撃ではなく、縫い糸のような細々としたものだった。
それを受けた魔物はちょっとのけぞったくらいで、さしたるダメージはなさそうだ。
「ちょっとこれ、初級電撃魔術のエレクトリックじゃない!なんで?どうして?」
魔物の怒りが頂点に達していくのがありありとわかる。
「ゴオォオォオオオオ!!!」
魔物が吠えた。やばい、怒らせた。
「ああもうなんでこうなるのぉおおおお!!!」
逃げる。逃げるしかない。
踵を返して走る。ひたすら走る。
だが最初普通に人と遠目に話せるくらいの距離にいた魔物は見る見るうちに距離を詰めてくる。
これはまずい。転生即死亡とか冗談じゃない!しかもこの子と同じ末路?絶対に嫌!
「はあ、はあ、そんな!」
しばらく走って、目の前に突如出現したのは壁のように進路をふさぐ急な斜面。行き止まり。
こんなところを上ったって、二足歩行の私と四足歩行で荒れ地も万全の魔物では瞬時に追いつかれてしまう。
変えられる進路もない。
振り向かなくてもいい。数秒で、あの角で突き立てられ、血祭りにあげられてしまう。
猛烈な足音が、背後に迫ってくる。
「アースホール」
思いついた。左右や上に逃げられないなら下に逃げればいい。
瞬時に穴を掘る初歩的な土魔術。
私は穴にすとんと落ちた……瞬間、上を魔物の頭部が通過し、鋭利な角が急な斜面にすごい勢いで突き刺さった。
やった凌いだ!と思ったけどこれじゃ問題の解決にはなっていない。むしろ逃げ場がなくなった私、詰んでないか?
と思ったが、魔物は崖に深々と突き刺さった角が抜けずにもがいている。
「ついてる!もらったわ!」
剣を真上に突き立て、魔物の気道と動脈を切断。勝負あった。
切断部から真下にいたから鮮血を浴びる羽目になったが魔物に勝った!次第に動かなくなった魔物の首をじっくりゆっくり切断して完全にとどめを刺し、私は肉を手に入れた。
***
折よく血が滴っていたさっきの穴はある程度血を貯めたら土を被せる。
そして頭からかぶってしまった魔物の血を温水魔術で落とし、今日は暖かいから服を乾かすのは後回しにして魔物の腿の一番おいしいところを回収していく。
一度血が流れると匂いに引きつけられて魔物が集まってくる。倒した瞬間は周囲に魔物の気配はなかったからすぐにということはないだろうが、手早く済ませる。
切り落とした肉のブロックを縄に巻いて、余った縄をその辺の枝に結び付けて持ちやすくして……できた!
「よし、脱出!」
すでに陽は天頂にあった。この陽気なら鎧や髪を乾かさないまま動き回っても風邪をひくことはないだろう。
私は追加の食料に嬉々としながら町を目指して山を下りて行った。
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