プロローグ2 旅立った親友と残された私
眩い光。
視力を奪ったそれが収束するのと前後して、ガタンと。音がした。
視覚が回復した時そこにあったのは、倒れたジュリナの体。
「……ジュリナ?」
駆け寄って抱きかかえる。まだその体は温かい。
でも、心臓は動いていない。あるべき鼓動がないのだ。
まるで精巧にできた人形のようだった。
長年そこに置かれ誰にも気にされなくなった置物であるかのように、存在感がない。
「お母様……?」
子供達も集まってきた。ついさっきまで馬鹿話すらしていた彼女が、いなくなった。
『神よ、力を失いしこの者に生きる力を…』
治癒の神聖魔術。どんな形であれこの体が”生きて”いるならば何かしらの反応があるが、何も起きなかった。
つまり、この体にジュリナの魂は既に存在していないことになる。ここにあるのはただの抜け殻。
温かかったその手が、足が、頬が、次第に冷たくなり、硬直していく。
「そう、貴女は旅立ったのね」
魔族が使う魂食いのような攻撃でもないのなら、自死をもたらす魔術でもこんなに瞬時に魂が抜けるなんてありえない。だから、転生術はきっと成功したんだと思う。
ぎゅっと、失われていく温かさを少しでも止めておくように彼女を抱きしめた。
出会ってから50年近くにもなる。それだけの長い間一緒にいた存在がいなくなった。分かっていたことではあったし、心の準備はしていたはずなのに、指先が震え、胸が締め付けられて、目頭が熱くなって奥歯がガタガタ言って止まらない。
「フェリナ様、これからどうしたら?」
私とも長年の付き合いになるジュリナの子供達も目の当たりにした現実を理解しかねている。受け入れかねている。
「……ジュリナもみんなの英雄だから、葬儀はしなきゃ。対外的には、そうね。心臓か、脳の突発的な病気で旅立った、ということにしましょうか。あと、多分覚えきれてはいないでしょうけど、あの詠唱、貴方たちは忘れなさい。とても危険だから」
「はい」
物言わぬ体となったジュリナを棺に納め、聖女として通常行う、死去した者を弔う言葉を捧げようと思ったが、やめた。
後から葬儀でそれらしいことはすることになるが、彼女は死んだのではない。遠い未来に向けて旅立ったのだ。
だから、死を迎えた者に対してするそれは違うと思ったからだ。たとえ転生術が何かの嘘や罠であって、ジュリナが天に召されてしまったのだとしても、そういう意識で旅立ったわけではない彼女に弔いの言葉は必要ないだろう。
その後、葬儀らしきものを執り行い、ジュリナの抜け殻をカーターのそれの隣に用意した墓に葬り、為すべきことを為して例の本を魔王城に戻しに来た。
最初は四人で来て、そして次は二人で来て、今は一人だ。
私はここに誰かを入れるつもりはない。だから誰かと来ることもない。そしてもう私以外この空間に入れる者はいない。
魔王城を封じた結界は、私とジュリナが死んでも半永続的に残るからだ。もっとも、流石に五千年は持つかはわからない。
でも、千年やそこらで掠れ果てるようなものでは決してない。
一人だ。独りだ。
そのことに気づいて、呆然とした。
ずっと傍にいた人たちが、みんないなくなった。途方もない孤独感。喉元が熱くなる。
最初にこの城を訪れたとき、協力し助け合いながら魔王の部下たちとの連戦を潜り抜けた記憶が脳裏をよぎる。
城のそこかしこにある傷の一つ一つが、穴の開いた壁が、倒れた柱が、鮮明にあの頃の記憶を呼び起こすのだ。
魔王を倒す目的を果たし、アレクやカーターは先立ち、ジュリナは旅立った。
私も老い先短いとはいえ、これから何をして生きていけばいいんだろう。
そういえば、あの本。転生の本ではない、ジュリナが転生の本をみつけて騒ぎ出した時に私が読んでいた本。
太古の歴史が刻まれた本で、魔神と神々の戦いが描かれた有史以前の神話時代の本。
あれの続きを読もう。根源に、立ち入ることができるかもしれないのだから。
知識に対する欲求だけが、私を動かした。
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