プロローグ1 命の使い方


 世界を恐怖のどん底に落とした魔王ハルファー。

 その魔王を、私達は追い詰めています。


 勇者 アレク

 剣士 カーター

 大聖女 フェリナ

 大魔術師 ジュリナ


 大聖女フェリナの神々の奇跡とすら称される神撃魔術が魔王の動きを抑え込み、私こと大魔術師ジュリナの強烈な付与魔術により強化された剣士カーターが魔王を釘付けにし、そして勇者アレクが魔王の胸に、精霊銀で特別に鍛えられフェリナの祝福を受けた剣を突き立てました。


 魔王はこの全てをかけた攻勢に為す術なく、聖剣が刺さり発せられた眩い光に包まれ、直後の爆発と共に、消滅していきました。


 私たちは、勇者のパーティは、魔王を倒し、平穏をもたらしたのです。


 時は流れ40年。


 フェリナの夫アレクが死去してから数年、私の夫であるカーターも亡くなりました。葬儀はうちとフェリナの家族の他近所の人だけでしめやかに。

 為した業績からしたら本当にささやかな見送りになってしまいましたが、派手なことが好きな人ではなかったから、これくらいでいいでしょう。


 子供たちは独り立ちしているから、家ががらんとしています。

 

 ほんの数日前までは死の床についた夫の介護と、そして葬式の準備で目が回るほど忙しかったのですが、もはや遠い昔のようです。


 私も60半ばに差し掛かり老い先短い身。

 これからどうしようか。


 一瞬、夫を追いかけて・・・とも思いましたが、それはするなと言われていましたのでしません。

 私は元々どうしていましたっけ。


 考えれば考えるほど、これまでの人生ずっと駆け抜けていたことを思い出しました。

 生まれてまもなくから魔術の才能が顕在化し、幼い頃から早々に師匠のに引き取られて修行と研鑽の日々。師匠の死去とその少し後に訪れた勇者達との出会いと冒険。

 魔王を倒し、アレクとフェリナの結婚を祝ったと思ったらカーターから結婚を申し込まれて、カーターと結ばれてそう経たないうちに子供ができて、それからは4人の子育てをして、落ち着いたと思ったら一番上の子が孫を連れてきて。


 あれよあれよと時が過ぎていきました。


 一人でいたのは、みんなとパーティーを組む前に遡らないといけません。

 

 ……ああそういえば、私、大魔術師でしたね。


 幼い頃から、聖女のみが用いることのできる神聖魔術を除きあらゆる魔術を次々と極め、周囲の魔術学校や周辺国の宮廷魔術師や魔術師団相手に暴れていたらいつしか若くして大魔術師とか大賢者と呼ばれていました。


 そうよ、私は大魔術師なのよ。魔王を倒すとかいう変なことに巻き込まれて以来忘れていましたが、私は大魔術師でした。


 家から飛び出してとりあえず魔術を空に放ってみます。

 生活に必要な範囲では魔術を普通に使っていましたが、魔王やその部下たちとの戦闘にだけ用いたような強い魔術を今でも放てるのかどうか・・・


 ずどーん


 大きな爆発が上空で炸裂しました。火属性上級魔術の一つの爆裂魔術。


 ああなんだ、錆びついていないではないですか。まだまだいけますね、私。


 私もトシです。残り少ない人生ですがせめて遊んですごしましょう。いいえ、この命、散るなら魔術で散らしましょう!そうしましょう!


 カーターの葬式に参列し、歩いて2日の距離の街に帰って行ったフェリナに手紙を書きました。

 内容は一言で言えばこうです。


「ねえねえ。あんたも暇でしょ?魔王城にでも行かない?」


***


 フェリナは若い頃から光の加減によっては純白にさえ見える薄青色の長い髪が印象的で、高貴ながらもかわいらしい印象を受ける女性だ。同い年。その美しさは老いても変わらない。

 ちなみに私は深紅の髪だ。若いころは美貌はそれなりだと思っていたし今でもそう悪くないだろうと思う。

 そんな私達は主を失って40年経つ魔王城に向かって歩いている。昔のように軽やかにと言うわけにはいかない。やや下半身に辛さを覚えるのは加齢がなせる業か。


「ねえジュリナ、貴女ねえ、一応私には聖女としての仕事があるんだけど?」


「まあいいじゃないの。夫を亡くして傷心の私を慰めると思ってさ」

 

「そりゃさあ、アレクが死んだときには世話になったし、だからこうして付き合ってあげてるんだけどさあ、どうせ死ぬなら魔術で遊びたいって何よそれ」


「文字通りよ。仮にも大魔術師である私が、その才能を腐らせ死に行くのはもったいないでしょ?それなら命がけの何かを試して死にたいと思うじゃない」


「はー、出会ったころのあんたを見ているみたいだわ」


「私ってこんなんだったっけ?」


「ほら、強い魔術師なんかみたら殴り掛かるような人だったじゃない」


「ああ、昔の私はそうだったわね。宮廷魔術師なんか何人泣かせたかわからないわ」


 ざっと半日。そんな雑談をしながら、急峻な斜面の山腹にある旧魔王城にたどり着いた。私達が魔王城の近くに腰を据えたのは、魔王が復活したり変な魔物が出現するといった万が一を想定してのことだ。


「よしっと」


 不可視の魔力の壁に、人一人が通れるくらいの穴をあけた。

 穴が開いた部分が卵のような形状で縦長の楕円に白く光っている。


「封印してると入るの面倒ね」


 その部分を通過したとき思わずそんなことを口に出した。


「そうね。でも仕方ないでしょ。魔王の根拠地、封印しておかないと何が起きるかわからないんだから」


 魔王城は、魔王討伐後にフェリナの提案により二人の共同作業で絶対隔離の結界魔術を使い城本体だけではなく広大な敷地丸ごと封印している。なんなら背後の山までその範囲にすっぽりと含まれている。

 魔力お化けとも称された私と歴代最高の大聖女と言われたフェリナが双方歩けなくなるほどの魔力と精神力を費やして完成させた隔離の壁。

 この中は外部との時間の経過からも隔離され、当時のものがそのまま保たれる代わりに、私と彼女の少なくともどちらかが封印魔術を部分的に解除しなければ何人も立ち入ることはできないし、出ることもできない。


 私と彼女だけが、結界の一部に穴をあけて出入りすることができるのだ。二人以外の同行者がいても一緒に入ることはできるが、結界をまたぐ場合は二人のどちらかと一緒でなければならない。

 両方が死んでもこの封印は保たれる。

 もしこれを無理やりこじ開ける者が出現したとしたら、その者は私と彼女の魔力を足して2で割らないような、そんな恐るべき魔力を持つ凄い人物だろう。


 まあそんな人が出てきて封印を破るくらいなら、封印を破ったことで生じるかもしれない魔王の復活とか、そういう困難もどうにかしちゃえるだろうから別にいいやと思っている。

 封印を破る誰かさん、責任を持ってなんとかしてくださいね?


「で、何しに来たの?こんなところに」


「未開拓エリア、あったでしょ?何かないかなと思って」


「は?帰っていいかしら?」


「やだ!寂しいから傍にいて!」


わざとらしく抱き着いてみせる。


「……はいはい」


 互いにトシをとっても、軽口をたたき合えるのはいい関係だと思う。

 二人で魔王城の未開拓エリア、特に地下部分を重点的に調べていく。


 ここは40年前そのままだから、魔物は出る。

 しかし魔王と共に滅びた幹部たちでもない普通の魔物は私達二人の魔術からしたら大した相手ではない。一人でも楽勝だ。どちらかというと階段の方が年老いた私達には強敵だったりもする。


 ばしばしと倒しながらフロアを潜っていくと、不自然な構造に気が付いた。


「ねえフェリナ?これ、この辺に部屋がありそうなのに、入口がないわね」


「……そうね。この壁を取り囲むように通路があるのに、入口がない」


 広いロの字型に壁があるのだ。

 柱があるなら上の階に抜けていたりするのが普通だからここには部屋があるはずだが、入口がどこにもない。

 

 一応上下のフロアを確認したが、フロアの構造は違えどもその部分に部屋が存在している。だから柱が立ってるとかそういうことはまずなさそうだ。

 

「このフロア自体はあの時攻略したけど、気付かなかったわね」


「ならば放置はできない……よね?大聖女様?」


「当然よ」


 念のため持ってきていた杖を構える。


「ならここから穴をあけるから間髪入れず停魔の神聖魔術を叩き込んで!」


「わかった」


 同時にフェリナの体から神秘の力が満ちていくのがわかる。そして聞きなれた詠唱が紡がれる。

 停魔の神撃魔術はあらゆる魔物の動きを十数秒強制的に止めることができる最上位の神聖魔術の一つだ。

 最初の一発目までは魔王にすら有効だった。効果は五秒に満たなかったし直ちに対策されたが。中に強力な魔物がいても動きを止めれば何とでもなる。

 本来こんなに雑に使えるようなものではないが、もうアレクもカーターもいないのだし、ここは主を失ったとはいえ魔王城だ。万全を期した方がいい。


「いくわよ……はぁっ!」


 壁を上位風魔術の圧縮衝撃波で破壊し、空いた穴に間髪入れずに停魔の神撃魔術が叩き込まれた……が、そこには魔物も何もいなかった。

 代わりにそこにあったのは整然と並んだたくさんの本棚。


「何ここ、書庫?」


 私の魔術の風圧で何十冊かが本棚から落ちて床に散らばっている。

 フェリナはそのうち一冊を手に取り、呪いを弾く神聖魔術を口ずさみながらページを開いていく。

 しかし数ページめくったところで、神聖魔術をやめた。


「大丈夫そう?」


「この本に関しては大丈夫。ちょっと何冊か見てみるわ。それまでこの本以外読まないでね」


「わかったわ」


 魔王の書庫ともなれば何が仕掛けられているかわかったもんじゃない。本ではないが、その手の嫌らしい罠は嫌というほど思い知らされたことは記憶に新しい。

 魔王の力で仕掛けられた罠を解呪できるのは大聖女である彼女だけ。魔王を倒したからと言って、魔王が仕掛けたモノが自然と安全になるわけではないのだ。


 だから大人しく従い、安全と確認した壁に寄り掛かりながら渡された本を読んでいる。


「あー、何だっけこれ。闇の力をあちこちに飛ばして対象をあちこちから攻撃する謎魔術、こういうやつだったのね」


 魔王が放ってきた闇の魔弾を間一髪避けたと思ったら、そいつが後ろから”戻ってきて”したたかに打撃を受けたのは苦い思い出だ。

 こういう仕組みだったのかー、へー、魔術で作ったやつはそうやって変化させるんだーとか思いながらその本を読み進めていたら、フェリナがやってきて安全確認の終了を告げた。


「ここにあるのは全部ただの”本”みたい。だから普通に読んでも大丈夫よ。これはと思うものがあったら改めて確認するから私のところに持ってきて」


「了解」


 そんなわけで始まった読書時間。フェリナは魔王の魔術にはあまり興味がないようで、何冊か簡単にめくったら歴史書を読み始めた。私は魔術書を読みふけっている。

 私が使えるような魔術の他、魔王や魔王の部下たちが使ってきたあらゆる魔術がここに収録されている。


 魔族が口伝で言い伝えているような魔術も収録されている。

 だから私の目的に沿うものがきっとあるかもしれない。そう思いながら、延々と本を手に取ってめくる作業が続いた。いつの間にか、本が脇に積まれている。


「ん……?」


”ゴトッ”


 手元に積んだ数冊を読み終えて他の本を物色すべく本棚の間を歩いていたら、足元のレンガのような大きさの石ブロックで形成されている床の石が緩んでいるのに気が付いた。


 その部分を触ってみたら上手くはまっていないようだ。これは外せそうだと思い、外してみる。するとその周囲の石ブロックもポロポロと外せて、その下から両腕で抱えるくらいの大きさの箱が現れた。


「なに?これ……フェリナ!念のためこれお願い!」


「何?…そんなところにあったの、それ。確かに危ないわね。下がってて」


 フェリナは取り出した箱を床に置いて、邪気を払う神聖魔術を唱えながら、鍵穴に鞄から取り出した針金を突っ込んでみる。

 魔術の罠だけではない。物理的な罠も警戒しないといけない。うっかり鍵穴を眺めていたら毒矢が飛んできて目に刺さりました、なんてこともあるのだ。


「……物理的な罠はなさそう。開けるわよ」


 鍵はかかっていなかったらしく、ゆっくりと、そのまま少しのさび付いた音と共に箱が開けられた。

 そこにあったのは、やはり本。


「……」


 本を手に取り、フェリナは何かしら神聖魔術を口ずさんだが、それを止めた。


「どう?なにかあった?」


「この本もただの本ね。いいわ。普通に読んで大丈夫だと思う」


「よっし、ありがとう」


「いいえ。それにしてもこんな厳重に保管して、何が書いてあるのかしら。ジュリナ、あとで教えてね」


「わかったわ」


 それから少しの間、その本を読んだ。魔術書だった。

 最初は何を言っているのかわからなかったが、ある程度読み進めたらとっ散らかった情報が一気に収斂されて、意味を成した。

 脳内に電流が走った気分だ。

 確信した。

 そうだ、私の大魔術師としての終着点は、この魔術を使うところにあったんだ!


「これだ……これよ!」


「ジュリナー?何か面白いこと書いてあった?」


 本棚の向こう側からフェリナの声。こちらの様子が変わったのに気づいたらしい。


「もちろんよ!これは大当たりだわ!」


「何よそんなに興奮して」


「そりゃ興奮するわよ!だってこの魔術、”500年以上先に転生する魔術”なんだもの!」


***



「ねえ、考え直さない?」


「どうして?」


 例の本を手にしたまま、町に帰ってきた。あの後二人で一読し、転生魔術で間違いなかろうという結論に至った。もちろん細かいところはきちんとしなければいけないから実際に使うのは少し後だが、もう私達の間で転生の魔術が実在するということには何の疑いもなかったのだ。


「だって、それを使ったらジュリナは…」


「ええ、永遠のお別れになるわね」


「本当にそれを分かって使うの?他にも面白そうな魔術は沢山あったじゃない」


「いいのよ、これで。神話の話にしか聞いたことがなかった転生術が本当にあるだなんて、こんな歳になってこんなにワクワクするんだもの。それに、もう10年もすれば私もフェリナもこの世から退場するんだから、退場する時くらいは自分で決めたいわ」


「はぁ……そう、考えは変わらないわね。仕方ないか」


 やれやれというフェリナの表情は心底からの呆れを伝えてくる。


「あら、あっさり引き下がったじゃない」


「イケイケになった貴女は行き着くところまで行きつかないと止まらないから」


「昔の私はそうだったわね。じゃあ挨拶回りと、隣国に住んでる子供達にも手紙を送らなきゃ。遺品の分配しておきたいしね」


「先に一応研究はするでしょ?本格的にやるときは付き合うから、今はいったん帰るけど、呼んでね。あと、貴女が転生術を使った後その本、回収するから。危なすぎるから結界の中に戻しておくわ」


「そうしてくれる?あと私のお墓も準備しておかなきゃ。体が残るのかはわからないけど、残ったら一応埋めてもらわないといけないしね。カーターの隣に用意しておくからそこにお願いね。体も残らなかったら、まあ適当に何かを埋めておいて」


 暇になったと思ったらまた忙しくなってしまった。

 それでも悪くない。

 まだ残る夫を失った悲しみを覆い隠すように、自分のやりたいことのために時間を使えるのだから。


 

***



 それから2か月、3か月、フェリナも交えてこの本の研究を重ねて読み落としや不足がないことを確認しつつ、これで問題なくこの魔術を行使できると判断したため、遠くから集まってきた子供や孫達に500年以上先の未来に旅立つと宣言して遺品の分配も行った。

 子供達からはびっくりされたし、泣かれもしたけど、どのみちもってあと10年の命だし、体も衰えて不自由と苦痛や病に苛まれるよりはマシと、無理矢理納得してもらった。

 身辺整理も終えた。


 そしてその日がやってきた。決めていた。別れは短く簡潔にさっぱりとやると。

 子供たち孫たちが引き取らないものを処分しガランとした、掃除を整え埃一つ落ちていないほどきれいにした自宅の一室。

 後から苦労しないように棺も隣にスタンバイさせておく用意の良さは我ながら立つ鳥跡を濁さないすばらしい準備だと思う。


「それではさらばだ我が子達、世話になったなフェリナ!」


「お母様、お元気で」

「母さんらしいお別れだね」


「……ジュリナ、世話になったわ。ありがとう。元気でね」


 彼らに頷きと笑顔を返し、所定の呪文を唱え、転生術を発動。

 眩い光が私を包む。

 光に包まれながら、私の意識は闇に包まれた。

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