✦第9話✦ キョウスケと、地上で

 その頃、あたしはといえば……

「いーーーやーーー! 地上に落ちてるううう!」

 ネックレスを追って、【現世に通じる池】に飛び込んだあたしだったけれど、池の中はなんと空! 

 わああ~〜〜〜! スカイダイビングなんて、あたしはじめて~あはは! 

 って、安全装備ないがな!

 これやばいやつちゃん⁉ 絶対やばいやつや!

「バカにな! つかまれ!」

 なぜか関西弁でパニックになるあたしに、どうやら後から追いかけてきてくれたらしいキョウスケ。

 って、なんか知らないけど、後ろから抱きしめられてるし! なにこの状況!

「ちょっと何すんの⁉」

「ああ⁉ 守ってやってんだろーが!」

「抱きしめないでよね! って、あああ今度こそ本当に死んじゃうーー!」

 しかも掟破り!

 もうだめ!

 ぎゅっと瞳をきつくつむって、そう覚悟した時。

「死なないクロよ」

「……へ?」

 ばっいーーん!

 超巨大な、プリンの絵柄のトランポリンのようなものが現れて、その上にバウンド。

 そして、ぽよんぽよん、と、あたしたちは無事だった。

「オレがいるクロからな」

 すまし顔のクロン。

 それを早く言わんかいっ!

 クロンがいること、忘れてたよ……。

「クロンってすげーな。さすが、になの使い魔。……にな、なんともないか?」

「うん……」

 キョウスケが、あたしを心配してくれる。

 ──あたしたちが降り立ったのは、すぐ近くに遊園地があって、観覧車が見える、海だった。

「はっ! ネックレス!」

 あたりを見渡すと、砂の上に落ちてたネックレスを発見!

 よ、よかったあぁ〜!

「良かったな」

「うん! キョウスケ、その、ありが……」

 ほっと息をついたのもつかの間、あたしは段々、サアァーと青ざめる。

「って! オキテ破り……天国から、追放される!」

 クロンが話してくれる。

「自分の意思で来たわけじゃないクロからな。ネックレスが結界を解いたのがその証拠クロ。よって今回は、オキテ破りにはならないクロよ」

「よかったあぁ〜!」

 息を大きく吐き、先ほどと同じように盛大にほっとするあたし。

 ふと、気になったことをクロンに聞いてみる。

「……ねぇ、クロン。せっかく地上に来れたんだし、あたし、おとんに会いたい」

 すると、クロンは少し厳しめの表情になって、「それは、ダメクロ。になはまだ、学園でトップの成績も取れていない。ルール違反になるクロ」とはっきり言った。

 ──おとんには、まだ会えない。

 ──ルール違反。

 そのことをわかっていても、あたしは、久しぶりに降り立った地上で、すぐ近くに家族がいるんだと思うと、溢れてくる想いを止められなかった。

「ヤダヤダヤダ! ゼッタイおとんに会う! あたし、行くからっ!」

 ダッ、とその場からかけだすあたし。

「になを止めるクロ! キョウスケ。このままではオキテ破りの罪を着せられてしまうクロ」

「……了解」


 ★ ☆ ★


 ……トボトボと、あたしは道路沿いの、知らない道を歩いていた。

 道行く人は、エンデビ学園のハデな制服姿のあたしを見ても、まるで気がつかない様子でスルーしていく。

 もう死んじゃってるあたしのことが、見えていないんだ。

 クロンとキョウスケを振り切ってかけだしては来たものの、道がわからず、どこへ向かえばいいのか、あたしは途方に暮れていた。

 ここ、どこだろう。まだ海が見える。そして、観覧車も。

 風が強く吹いていて、もう夕方だからか、少し寒い。

「……ねぇ、おとん。どこにいるの? 会いたいよ」

 鼻の奥がツン、として、目頭が熱くなる。泣きそうになったところで、キョウスケが現れた。

「にな、みっけ。……上で、あやみも待ってんぞ。きっと、かけだしていったお前のこと心配してる。……帰ろうぜ」

 キョウスケが、あたしの手を取る。

「帰らない」

「おい、にな……」

 キョウスケがあたしの前に回り込み、少し力を入れて握ってきた手を、あたしは強くふりほどいた。

「あっ、あたしの、おとん、はっ、ママが亡くなったあと、あたしを、これまでたった一人で、育ててくれたのっ……!」

 その場で、まるで駄々をこねる子供のように、泣きじゃくるあたし。

「今いる地上に、いるん、だからっ……! どっ、どうしても、会いたいのっ!」

 ひっくひっくと、しゃくりあげながら、涙が止まらない。

「っ、オレの……」

 泣き続けるあたしを、しばらく黙って見ていたキョウスケは、とまどいがちに一度言葉を飲み込んだあとで、意を決したように言った。

「オレの胸に来い」

「はッ⁉」

 ショーゲキの発言。

 思わず耳を疑った。

「ばっ、バッカじゃない⁉ なに言ってんの⁉ 普通に恥ずかしいわ!」

 突然のキョウスケの言葉にあせるあまり、ついついひどいことを言ってしまうあたし。

「なっ! オレだって恥ずいわ! 思春期の男ナメんな! こんなこと、普段ならぜってぇしねーし! 死んだってするもんかって感じだけどな……ッ! でも、お前が」

 あわてるキョウスケ。

「になが泣いてるのを見ると、なんかすっげぇツラくなんだよ。オレが! だから……ッ!」

 顔を真っ赤にしながら、怒ったようにそう言うキョウスケは、多分、あたしに初めてその優しい一面を見せた気がする。

 ……ううん。それは違う。あたしを追って、地上こんなところにまでついて来てくれたり、さっきだって、あたしにケガがないか、心配してくれたり。

 思えばキョウスケは、いつだって優しかった。

「……」

 あたしは涙で濡れた顔を、キョウスケ同様真っ赤にしながら、キョウスケの胸には飛び込まずに、

「うっ! ふえぇええぇーん!!」

 無事に見つけたネックレスを握りしめたまま、キョウスケの肩のあたりに頭をのせて、思いきり泣いた。

「……ちっ」

 キョウスケはそのまま、真っ赤になってプルプルと震えながらも動かず、あたしの頭に回しかけた手を止め、照れたように舌打ちをする。

 そんなあたしたちの姿を、遠くの方で、クロンだけが見守っていた。

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