✦第7話✦ 天国の学園での日々

 これは、あたしの、ちっちゃい頃の思い出なんだけどね。

 みんなも、今まで生きてきた人生の中で、思い出すのがツライ記憶って、あるよね?

 どんなにふだん明るい人でも、イヤなこととか、人に触れられたくないものとか、ゼッタイあると思うんだ。

 あたしも、そう。

 ──時々思い返すだけで、胸の奥がズキズキ痛んで、苦しくなるような過去が、あたしにはあった。

 ……あたし、まだ幼くて、力の加減を知らなかった2年生の頃にね、この運動神経と怪力のせいで、大ケガさせちゃった人がいるの。

 それは、名前も知らない同い年の男の子。

 3年前、あたしが住む月森商店街の夏祭り。集会所のちょっとしたイベントで、こども限定うで相撲大会、っていうのがあったの。力じまんができる! 面白そう! なんて、浅はかに考えてしまった当時のばかなあたしは、おとんに参加の意思も伝えないまま、勝手にエントリーしちゃったの。

 それで、あたしとうで相撲対決をすることになったのが、その名前の知らない男の子。

 当時から気が強かったあたしは、子供ながらに、男の子相手に宣戦布告。

「……先に言っとくけど、あたし、めっちゃくっちゃ強いんだから! 学校のみんなにも、になちゃんは強いって、言われてるし。だから男の子のあなたにも、ぜったい負けない」

 あたしがそう言うと、名前の知らない男の子は、こう返してきた。

「……はっ。オレだって、女になんて、ぜってー負けるわけねーよ。ばーか、調子乗んな」

 調子に乗ってる……、この一言にムカついたあたしは。

「言ったわね~!」

「ああ言ったさ! 生意気女!」

 バチバチバチ、二人の間に熱い火花が散る。

 その男の子は、夏休み、きっとたくさんプールに行ったんだろうな、って思うくらい、よく日焼けした肌に、キリッとしたつり目が印象的で……なんか、強そうだったから、あたしはつい、本気を出しちゃった。

 真剣ににらみ合いながら互いの右手をきつく握り合わせる。

「はじめ!」の合図と共に、

「ほあちゃあ!」

 バキッ☆

 本来のうで相撲では、鳴るはずのない鈍く重い音。

 辺りに響き渡る、男の子の絶叫。

「いいぃい! 痛ってえええ~‼」

「……あ…………」

 やってしまった。

 そう気づいたと同時に、おとんがあたしのところへ、あわてた様子でかけつけてきた。

 その男の子が、あたしに向かってなにかを叫んだみたいだったけど、その声は、集会所の大人たちがあたしを叱る声にかきけされて、聞こえなかった。

 ……しばらくぼーっとしてたみたい。

 はっと気づいて、振り払うように、ぶんぶんっと首を強く横に振る。

 忘れなきゃ! あの男の子のことは……

 でも、ううん。自分が思い出すのがつらいからっていう理由で、忘れていいはずなんてない。

 あの男の子、あの時きっと、すごくすごく痛かったに違いない。

 でも、このうでっぷしの強さと怪力のせいで人を傷つけたことが一度や二度ではないあたしは、そんなに強くない。

 だから、心のなかで、何度もあやまる。

 あのときは──

 ──……ごめんね……。

 * * *

「ちょっとキョウスケ! あたしの机から、あたしが給食のジャンケンで勝ち取った牛乳盗んだでしょ⁉」

 天使☆悪魔学園──エンデビ学園に入学してから、3ヶ月と少しが経った。

 明日から2連休っていう、金曜日の放課後。

「盗んでねぇーよ!」

「うそ! だってクロンが、キョウスケがあたしのクラスにやって来るの見たって!」

 あたしとキョウスケ、そしてあやみんは、公園で色々話して以来、打ち解けてすっかり仲良くなっていた。

 でもでもっ! キョウスケとは、ケンカばっかり!

「なんっでそれだけでオレが盗んだって決めつけんの? 濡れ衣もはなはだしいわ! 怪力ゴリラ女!」

「誰がゴリラじゃい! それを言うなって言ってんでしょー⁉」

 相変わらず、キョウスケは性格の悪い、いじわる男子だっ!

「よし! そんなに言うなら、うで相撲で勝負しようぜ! オレが負けたら、牛乳盗んだことあやまってやるよ。つーか、盗んでねぇけどな」

「望むところっ!」

 キョウスケの友達の男子によれば、キョウスケは身長を伸ばしたいらしい。

 身長を伸ばすには、牛乳だよね?

 ゼッタイに、牛乳盗んだこと白状させてやるんだからっ!

 あくまでキョウスケをうたがってかかるあたし。

 ぎゅうっ!☆

 机の上で、互いの右手をきつく握り合わせる。

 ……あれ? こんなこと、前もあったような。

 ──3年前の夏祭り。

「……なんだよ」

 そのキリッとした瞳には、見覚えがあるような……ないような?

「……いや、なんでもない」

 もしかして、キョウスケがあの時の男の子? 

 そんな偶然、さすがにないよね。

「ほあちゃあっ!」

「ぐ、強ェ……にな、お前、男子より強いとか。こんなんで負けたらシャレになんねーよ! 男のプライドが……ッ」

 めちゃくちゃ必死なキョウスケだったけど、こんな勝負、いくらキョウスケが男の子でも、あたしが勝つに決まってる。

 だってあたしは【ウルトラ怪獣にな】だから!(うっ。自分で言ってて悲しくなるよ)

「あたしの勝ちっ!」

「ぐああっ、悔しー! くっそおおお」

「約束通り、罪を認めなさい!」

「すみませんでした」

 キョウスケにムリヤリ謝らせたあたしだったけど、その後、牛乳は、あたしのランドセルの中から出てきたんだけどね。

 無意識で入れたの、忘れてたよ……。

 こうして、天国の学園──天使☆悪魔学園での日々は、地上にいた頃と、なんら変わらない感じで、ゆっくりと過ぎ去っていった。

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